季節外れの年賀状

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季節外れの年賀状

「もしもし叔母さん? 今大丈夫?」 「あら、シン君。どうしたの?」  俺は一枚のハガキを片手に、叔母へ電話をかけた。  スマホから聞こえてきた叔母さんの声は、久しぶりに会話できたことを喜んでいるようにも聞こえた。 「昨日叔母さんからの年賀状が届いてね。そのお礼をしようと思って」  そう、俺が手にしているこのハガキ。これは年賀状だ。  叔母さんの年賀状はとてもデザインが凝っていて、華やかでありながらどこか落ち着きも感じさせる、まさに芸術的な年賀状と言っていい。  ただ、一つだけ問題があった。お礼がしたいと言ったが、本当に伝えたいことは別にある。 「まあ~わざわざ電話でお礼なんて。嬉しいわ」 「本当はお返しの年賀状を送るべきなんだろうけど、ごめん、まさか年賀状が届くと思ってなくて。ちょっとビックリしたんだ」 「だって親戚じゃない。年賀状くらい送るわよ~」  うん、確かに。年賀状くらい送るよな。ただ問題はそこじゃないんだ。 「いや、ほら、何ていうかさ。まさか七月に年賀状を送ってくるとは思わなかったから」  タイミングが問題なんだ。 「え? もしかしてこの時期に出すのは遅かったかしら?」 「そうだね。遅すぎるのか早すぎるのかは分からないけど、とりあえず今じゃないことは確かだよ」  郵便受けを覗いた時、近所のプールのチラシと一緒に年賀状が入っていたあの瞬間は、なかなか忘れ難い経験となるだろう。 「まあごめんなさい。最近ようやく新年気分になったからつい……」 「だいぶ去年を引きずってたみたいだね」  それだけ去年が辛い年だったのか、もしくは逆に忘れられないほど楽しい年だったのかはあえて聞かないが、叔母さんの頭が心配であることに違いはない。 「本当にごめんなさいシン君、迷惑だったでしょ」 「そんな、迷惑だなんて。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ。年賀状を送ってくれたことは凄く感謝してるよ。叔母さんの年賀状は飾りたいくらい綺麗だし」  感謝してるというのは本心だ。こんな年賀状はそうそうもらえる物じゃない。 「少し季節とのギャップを感じただけだから、あまり気にしないで」  よくよく考えれば電話で言うほどのことでもなかったな。と思いつつ、叔母さんにできるだけ優しく声をかける。 「シン君……」 「ありがとう、叔母さん」 「シン君、そんな……私が飾りたいくらい綺麗だなんて……」  ――――――――ん? 「でもダメよ、そ、そんなの。だって私たち親戚だし……年もちょっと離れてるし。もちろんシン君の気持ちは嬉しいけど、私達の間には道徳という大きな壁が」 「叔母さん」 「ルリ子でいいわ」 「ノリノリじゃねーか!」  え、何で俺が叶わぬ愛を伝えたみたいになってんの? 年賀状の話しかしてないはずだろ? 「叔母さん、綺麗て言ったのは年賀状のことで」 「あのねシン君。私実は年賀状だったの」 「おお、なんだ手遅れか」  ダメだこの人、完全にイっちゃってる。確かに今の叔母さんなら七月に年賀状を送ってきてもおかしくない。  お礼の気持ちは一応伝えたし、なるべく早く撤退しよう。 「もういいや、電話切るよ叔母さん」 「甥っ子……背徳……若い男……。うっへっへっ。シン君良かったら今から会いに」「断る」  叔母さんのただならぬ様相に身の危険を感じた俺は、問答無用で電話を切った。  そして数日後。 「飾ってね!」という叔母さんの文面と共に暑中見舞い――もとい叔母さんの写真の束が届いたが、流れるような手つきでゴミ箱へぶち込んだことは言うまでもない。
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