猫の血

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「高杜さん。どうされました? まさか、また……?」  不意にポラード神父がランタンを持ち、話しかけてきた。  ―― いつの間に、私の近くに……?  慌てて(べに)を落とさぬように舌で(くちびる)()めると、(うれ)いを帯びた表情を作って振り返る。 「猫がまた殺されていたの。可哀想(かわいそう)だったから、思わず……」 少しばかり声を震わせて、何とかこの場を誤魔化(ごまか)す。 「優しい方なのですね」  少しばかりホッとしたような声音に、私は自分の演技が上手くいったことを知る。  相変わらずのポンコツ神父だ。簡単に(だま)されてくれた。 「神父様。これ以上この子達が殺されるのは忍びないわ。犯人の目星はついたのかしら?」  小首を(かし)げ、悲しい眼差(まなざ)しを向けた上で、(とぼ)けて聞いてみる。  ポラード神父は少し考える素振(そぶ)りをみせると、「そうですね」と推測を口にした。 「人間では無いと考えています。獣の(たぐい)……。いや、(へび)のような動物かな」  思わぬ回答に、私は唖然(あぜん)とする。  血が綺麗に無くなっているというのに、あろうことか犯人は(へび)!! 本当に頭大丈夫なのかしら?  この神父様。見事な程のポンコツぶり。これなら何十年かかっても私に辿(たど)り着くことはなさそうね。笑いが止まらないわ……。 「(へび)……? 吸血する(へび)って、いたかしら?」  笑わせてくれたお駄賃(だちん)に、少しヒントを与えてあげた。  どうせこのポンコツなら、真犯人には辿(たど)り着かないだろう。 「吸血を行う動物となると、蝙蝠(こうもり)くらいですかね。でも、猫の血を吸い尽くすなんて聞いたことがありませんが」  ポラード神父は苦笑いを浮かべながらも、真面目に答える。 「それでは、この村に未知の生物でもいるとお考えなのかしら?」 「とにかく調べてみますよ。一人でやっているので、時間は()かりそうですが」  ポンコツ神父が一人でやっている限り、何の進展もないだろう。  何だか面白(おもしろ)おかしくて、つい(ひま)つぶしに(かま)って遊んであげようという気が起きた。それに上手くすれば、ご馳走(ちそう)にありつけるかもしれない。 「お一人で調査を? 私で(よろ)しければ、お手伝いしますわ」 「手伝って頂けるのですか? それは助かります。では明日の朝、教会にいらして下さい」 「ごめんなさい。朝は都合(つごう)が悪いの。夜にして頂けないかしら?」 「ええ、(かま)いませんよ。それでは明日の夜、教会でお待ちしています」  ポラード神父はそう言って軽く頭を下げ、私の前から立ち去った。  教会は困ったわね……。  フルに力を発揮(はっき)することが出来ないじゃない。  ポンコツとはいえ、相手は神父。ヴァンパイア対策は当然知っているだろう。  しかも夜とはいえ、教会では旗色(はたいろ)が悪い。  まあでも、教会の外におびき出せば良いだけよね。  簡単よ……。  ニヤリと笑うと、鋭い牙が下唇に当たる。極上のご飯にありつけるだろう楽しみを胸に、私は軽い足取りで住処(すみか)へと足を向けた。
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