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教会にて
俺は教会の祭壇の前で高杜さんを待つ。
こんな時だけ、神に祈るのか。そんな自分を笑わずにはいられない。
教会の重厚な扉が、重苦しい音を響かせて開く。高杜さんは笑みを浮かべ、カツンカツンとヒールを鳴らし、扉から祭壇へと続く真っ直ぐに伸びた通路をゆっくりとした足取りで歩いてきた。
「こんばんは、高杜さん。どうぞ、そちらへ」
俺は右手を伸ばし、座るように勧める。高杜さんは軽く会釈をして、椅子に腰かけた。
「こんばんは、神父様。それで、私は何をすれば良いのかしら」
「そうですね。暗闇では調査は厳しいですから……」
「私なら大丈夫ですよ」
高杜さんは艶美な笑みを浮かべて答える。
「心強いですね。では今日は、参考意見を伺うことにします」
「私の意見が参考になるかしら?」
「考えが固まってしまっている時には、とても参考になりますよ」
「神父様の考えを、お聞きしたいわ」
俺の心を探るように、高杜さんはその口調や表情をやや挑戦的なものに変えた。
「私の考えですか? 犯人は人間ではない。最初は動物の線が濃厚と考えていましたが、そうでもないようですね」
「人間でもなければ動物でもない。それでは犯人は一体、何者なんですの?」
「魔物の類かと考えています」
「魔物? 非科学的な事を仰るのね」
高杜さんは右手で口元を軽く隠しながらも、ふふふっと楽しそうな笑い声を響かせた。
「そんなに可笑しいですか? でも魔物以外、考えられないんですよ」
「根拠を仰って下さいます?」
目に浮かぶ涙を指で拭いながら、高杜さんは猶も笑い続ける。
「死んだ猫の殆どが、血を吸い尽くされていたので。それなのに、猫が抵抗した形跡が見られない。まるで猫は、素直に相手に血を吸わせ続けていたように見受けられました。……人間や他の動物では、不可能です」
「……成程。良い所に着眼なさったわね。それで、犯人の目星はついていらっしゃるの?」
「恐らく、ヴァンパイア。それ以外、考えられません」
高杜さんは驚いたように瞠目すると、次いで「あははははははっ」と声を立てて笑った。
「何を言い出すのかと思ったら、ヴァンパイアですって!? 神父様、疲れていらっしゃるのでは?」
「いえ、疲れてなどおりませんよ。……証拠は、揃いましたから」
「証拠なんてあるのかしら? 見せて頂きたいわ」
「証拠なら目の前にあります。後ろを向いて下さい」
そう言って俺は、この教会の出入り口である重厚な扉の、向かって右横の壁を指し示す。
示した先を辿るように振り向いた高杜さんの笑い声はピタリと止まり、表情は一気に険しくなった。
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