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第13話(仁side)
「仁。今日はもういい。」
「…ですが… 」
まだ終わっていない、と続けようとした仁の言葉を、秋人が唇に人差し指を当てる仕草で制した。
「これ以上働かせることはできない。今日はゆっくり休んでほしい。明日の昼からまた働いてもらう。」
…これはもう、絶対譲らない口調だ。
長年仕えている経験からそう判断し、仁は部屋へと戻った。
仕事量が多い。
そう思い始めたのは秋人が見受けの話を断られたと言ったその日からだった。
毎日あちらこちらに出向き、また夜に客が訪ねてくることもあった。
なんの騒ぎだと思ったが、扱っている絵画のうちのいくつかを、複数人の客が買いたいと申し出たらしい。
話し合いながら値段に折りをつけるのだが、客には要人が多いため、何度も各所に出向く必要があった。
もちろん儲けも増えたのだが、なんと言うか非常に自由に使える時間がなくなり、会いたいとは思っていても充に会いに行くことができない日が続いている。
明日の昼から、とあえて秋人が強調したのは、仁にあの娼館に行ってもいいと促すために思えた。
関係だけの結婚相手を探すため、などと言う馬鹿げた理由で行き始めたあの場所がこんなに大切な場所になるなんて、不思議だ。
充にもあいたいし、なぜ春臣が秋人の話を断ったのか確かめておきたい。
身支度を整え、仁は充のいる場所へと向かった。
娼館に入ってから、充に会うまでは、一時(1時間)程度かかると言われた。前もって伝えていなかったのだから、他の客をとっていることは当然である。
充が他の男の手で抱かれているとわかっていながら待つのは複雑な心境だが、会えないわけではないのだから贅沢は言えない。
せめて明日秋人の力になれるようにと、仁はとりあえず机に突っ伏して、仮眠をとることにした。
「仁っ…!!」
突然、大きな声とともにガラッと勢いよく障子が開いて、泣きそうな表情をした充が駆け込んできた。
寝起きでうまく状況を把握できないまま、とりあえず充の身体を抱きしめる。
「どうしたのですか?そんなに慌てて。」
抱きしめたことで、充の身体が震えていることに気がつく。そういえば、駆け込んできたときの様子がおかしかった。
乱れた髪の毛と着物が明らかに先ほどまで客と激しく体を重ねていたことを明らかにしている。
彼の性格上、何かない限りこんな状態でここまで来ることない。
嫉妬で歪みそうな表情をなんとか整え優しく笑いかけると、充は目元から涙をこぼしながら必死で仁に訴えた。
「秋人に会わせて!!
「…申し訳ありませんが、秋人様は今こちらにいらっしゃいません。来たのは私だけです。まずは事情を聞かせてくれますか?」
背中を弱い力で規則的に叩いてやると、充の表情の強張りが解ける。
「俺が、、、俺があんなこと、言ったからっ…!!」
「…わかりました。少し落ち着きましょう。」
「… 」
客と男娼の立場が反対なのではないかと言う疑問はとりあえず置いておく。
「…はるに、秋人から身請けされそうになったら断れって言ったの、俺なんだ…。
どうしよう、はる、それからずっと元気がなくなっちまったんだ…。はるが死んだら、俺はっ…!!」
泣きじゃくる充は、普段の少し生意気な様子からは考えられないほどに幼い。
仁は充の言葉を聞いて、なるほどと妙に納得した。たしかに、充の言葉なら、辻褄が合う。
しかしどうして充はそんなことを言ったのか。
「どうして断れなどとを言ったのですか?」
問いかけると、彼の肩がびくんと大きく跳ねた。
雨が降り始めた。
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