第6話(秋人side)

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「あっくん…?」 その声を聞いた途端、何かを考える前に気づけば彼の身体を抱きしめていた。 どくり。心臓が脈打つ。燃えるように熱い。その熱が、彼が春臣本人であることの証明だ。 3年ぶりに聞いた声は前と変わらず幼げで、相貌は幼いままだ。しかし背は明らかに伸びている。その様子が大人と子供の境界で揺らいでいるようで、危うい色気を醸し出している。 いけない。数年ぶりに会っていきなり抱きしめるなどありえない。離さなくては。 そう思うのに、頭ではわかっているのに、離すことができない。 秋人が彼からなんとか離れることができたのは、充がやめろ、と険しい声をあげてからだった。 「俺にはまるで興味を示さなかったくせに俺の弟分に手え出そうとするとかありえるねえ。そもそもその子、水揚げまだだかんな!!」 さらに充は付け加え、それを仁がまあまあ、となだめる。 「…いきなり抱きしめてすまなかった。はるに久しぶりに会えて、嬉しくて。」 「んーん、うれしい!」 可愛らしく笑って春臣はそう言ったが、充はどうしてか苛立っているようだ。 「それよりはる、何の用。」 厳しい充の声に一瞬肩をびくりと振るわせた後、春臣は申し訳なさそうな顔をしながら花色の着物の裾をまくる。 華奢な白い脚が少しずつ姿を現し、そして膝の辺りまでが現れたところで、秋人は彼がここに来た理由を理解したとともに、どうしようもない怒りに駆られた。 彼のすねはあざだらけで、膝からはかなりの量の血が出ていた。それも擦り傷などではなく、出血している場所には痣と混じった切り傷のような痕がある。 「…またやられたのかい…?」 怒りを隠せない静かな声で充が問うと、春臣はこくりとうなずいた。 その、“また”という単語に秋人はどうしても反応してしまう。 「仁、薬を。」 秋人は仁から傷薬を受け取ると、春臣の脚を優しく掬い、その膝を自らの腿の上に乗せた。傷口に薬を丁寧に塗り込み、上から手拭いを巻く。 「…痛くないか…?」 「うん!ありがとう、あっくん!」 春臣が無邪気に笑う姿が愛おしくて、しかしその傷だらけの身体が悲しくて。 「金を払えばこの子と過ごすことも可能だな?」 充に尋ねてみると、 「大丈夫だけど…あんまり痛めつけてやるなよ。」 という答えが面白くなさそうな声とともに返ってきた。もちろん春臣のことを痛めつけるなど秋人はしない。ただ、一緒にいたいと思っただけである。 「そんなことはしない。 はる、一緒に寝ないか?」 「うん!!」 愛らしい返事とともに秋人の布団に入ってきた春臣を、秋人は優しく抱きしめた。春臣は疲れているのかすぐに寝息を立て始めて。 やはり愛している。この子とともにいたい。そう思いながら、幸せで眠たいような、もったいなくて眠りたくないような、そんな夜が過ぎていった。
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