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春臣の頭から顔を上げ、秋人は悩んでいた。
ご奉仕とは、娼館で提供されるサービスのことだろうか。それともなにか菓子の礼のようなものだろうか。
ただ会っているだけならば後者しか思いつくことができないが、娼館という特殊な空間にいることからどうしても前者を排除できない。
「では按摩でもお願いしようか。仕事で肩が凝っているから。」
長考の末後者でとらえることにしたが、春臣は訳がわからない、というような顔をしている。
そしてなにを思ったか今度は洋服の上から秋人の熱の中心部分に手を添えてきた。
「…きもちいいの、いらない?」
瞳を潤ませ頬を紅潮させ、恥ずかしそうに言ってくるから堪らない。無自覚でやっているのなら相当たちが悪い。
秋人とて男でありアルファである。そういう欲が少ないとはいえ、想い人にあからさまに性を意識させられれば興奮もする。
しかし、この状況は違う。この場で仕事として性器を咥えさせれば、他の客と同じだ。
…それに、彼には尽くされるより尽くしたいと思う。いつも自分のそばに置いて、その無邪気な笑顔を守りたい。誰も彼を傷つけることができないように。
「はるは、何がしたい?」
柔らかな髪を指で梳きながら、問うてみる。
すると突然、真っ直ぐに秋人を見つめる大きな瞳がぐらりと揺らいだ。
言いたい言葉を飲み込むように、花弁のような薄い唇を噛み締めながら、彼は目から涙をこぼした。
ほろほろと流れる大粒の水滴は、行燈の光に照らされて切なく煌く。
…なにか泣かせるようなことを言ってしまったのだろうか。
一瞬思ったが、握り締められた春臣の手を見て、そうではないことに気付いた。
きっと、何か言いたいことがあって、それを言えなくて堪えているのだろう。
苦しい、辛いなどの愚痴だろうか。それともなにか欲しいものがあるのだろうか。
「…言って仕舞えばいい。誰も責めない。」
震える唇をなぞり、言い聞かせる。
「あっくんと、…いっしょに、いたい… 」
春臣はしばらく黙っていたが、掠れた声で途切れ途切れにそう言った。
驚いたのと喜びで、身体が固まってしまう。自分と一緒にいたいと彼が望むなら、もう言ってしまおう。
「はる、君を身請けしたいと考えている。一緒に来てくれないか。」
実はもう楼主との契約は済んでおり、あとは春臣の答え次第なのだ。
一緒にいたいというのなら、喜んで受け入れてくれる。そう確信しながら言った。
春臣は再び大きく目を見開き、そして口元に笑みを浮かべた。ぱっと花が開いたような、喜びに満ちた笑みを。
しかしすぐに彼はその表情を曇らせ、そして目に涙を浮かべた。
「…できない、の…。」
…その言葉を聞いて、正直耳を疑った。途方もない絶望が自分を襲ってくるような心地がする。
しかし悲しげに紡ぐ彼になにをいうこともできず、秋人はただ“そうか”、とだけ答えた。
決して傷つけたくはないのだ。
だから、春臣の表情を見てしまえば他になにをいうこともできなくなった。
秋人は泣く春臣を抱きしめて慰め、いつまでも明けないように感じられる長い長い夜を過ごした。
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