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第12話(春臣side)
窓から覗く小さな月を、今日もまた仰ぎ見る。
…あっくん…。
秋人のことを思いながら、春臣はわずかに涙を溢した。
充に言われた通り、秋人に身請けの話をされた。
そして、すぐにその話を断った。
秋人から一緒に暮らしたいと言われた瞬間はとても嬉しかったけれど、秋人のことを自分が不幸にするとわかっているから、その話を受けることはできなくて。
あれから1週間、秋人は春臣のところにやってきていない。
このまま彼はもう来ないのだろうか。では自分は、もう2度と彼と会うことができないのだろうか。
最近、食べ物がほとんど喉を通らなくなった。充が心配して無理矢理汁物と一緒に流し込んでくれるけれど、そのほとんどを吐き出してしまう。
驚いたのは、それほどに自分が彼、秋人との逢瀬を心の糧にしていることだった。
「はる、もう寝な。」
ふと、部屋の扉が開いて、充が入ってきた。
その姿を見て、驚く。
薄く白粉が塗られ陶器のように白い肌、くっきりと紅がさされた唇。後ろに束ねられた真っ黒な艶髪は、行為の名残か乱れている。
「みーちゃん…?」
客が夜のうちに帰る場合、いつも充は化粧をしっかりと落とし、髪を綺麗に梳かしてから部屋に戻ってくる。その辺に抜かりがない。
しかも、口の端からは血が出ていた。おそらく口淫の痕だろう。
充は人気の男娼であるため自らある程度客を選ぶことができる。だから血が出るほど無理矢理口にねじ込んでくるような相手はいないはずなのに。
「そんな薄着じゃ風邪ひくだろう。布団は敷いてやるから、早く寝な。」
充は細く白い手で春臣の頭を優しく撫で、それから布団を敷いてくれた。
どこをとってもいつもと違う充の様子に首を傾げてしまう。
布団に入ってからもしばらく呆然としていると、充が
「なんだ、俺の顔に何かついてるのかい?」
と聞いてきた。
いつもだったら“なにぼさっと見てんだ、早く寝な。”、と怒られそうな状況だが、今日は優しい声音で優しい口調で…。
…心配をかけているのかもしれない。そう気づき、春臣は精一杯の笑顔を浮かべる。
「んーん、みーちゃん、きれい。」
充の姉は春臣のせいで自ら命を絶ったというし、他にも春臣はお世話になったたくさんの人を不幸にしてきた。
だから、秋人と一緒にいる資格はもちろん、充に心配をかける権利も、優しい言葉をかけてもらう権利もない。
明日はちゃんと食べよう。ご飯をちゃんと食べて、お仕事もしっかりしよう。
自分に言い聞かせる。
「そうかい。早く寝な。」
ぶっきらぼうにそう言った充の表情は、すでに背けられていたため春臣からは見えなかったけれど、その声音が少し苦しげな色を帯びていることに気づき、春臣はごめんなさいと小さな声で謝った。
返答はない。
寝ているのか、あるいは聞こえてはいるがなにも言わないのか、春臣にそれを知る術はなかった。
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