第14話(充side)

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(仁side) 充が戻ってくると、一緒に春臣のところまで行った。 仕事中ではないのかと聞くと、それはないと充は答える。春臣の体を心配した充が春臣の分まで客を取っていたらしい。 「…みーちゃん…?」 障子戸を開けると、幼げな声と共に春臣が布団から起き上がった。 彼は力なく笑ったが、その頬はこけており、目の下には大きな隈がある。 たしかに充が心配するのも無理がないほどに衰弱している様子だ。 そんな春臣の様子を見て、充はまたわっと泣き出した。 「春臣様、お話があります。」 近寄って声をかけると、春臣はことりと首を傾げる。 この様子では拉致が開かないと思い、仁は充から聞いたことを丁寧に春臣に話した。 春臣は真剣な表情で全てを聞き、うなずくと、自分を抱きしめひたすらに謝っている充に対してありがとうと感謝の意を述べた。 「…なんでありがとうなんだい。怒ってくれていいんだよ。」 充は困惑した表情を浮かべる。 「みーちゃん、わるくない。 …いつもやさしくて、ありがとう。」 そう言いながら春臣は、春のように柔らかく微笑んだ。まるでこの世の穢れを一切知らないかのように。 その表情を見て、なんとなく仁はなぜ秋人が彼に執着するのかが分かった気がした。 「では春臣様、秋人様のところへ来てくださいますか…?」 もうこれで不安要素は無くなったはずだから、尋ねてみる。 しかし春臣は、うなずきかけて、うなずくことなく充の方を不安げに見つめた。 「みーちゃんは…?」 春臣の瞳がぐらりと揺らいで、じっと充の瞳を覗き込む。 多分それが答えだ。 「秋人様とも充とも一緒にいたい、という解釈でよろしいですか?」 「うん。」 今度ははっきりとうなずいた。 「…だそうですよ。」 充の方を見やると、ひどく驚いたような表情を浮かべている。 しかし少しして、充は寂しげに笑って言った。 「馬鹿だねえお前。こんなにいい話ないじゃないか。俺のことなんか忘れて幸せになんな。」 春臣は無垢で優しい。いつも嘘偽りない素直な思いで、優しく人に寄り添う。それが彼の魅力だと、仁は思う。 けれど自分は、春臣よりも充の方を抱きしめたい。いつだって自分が辛い思いをすることを厭わず、弱音を吐くこともできず、ただすべての苦痛を自分に押し込めて相手のために行動する、充を。 愛しくて、愛しくて。その感情が溢れて。だからつい、もっとずっと先に、それこそ年季が明ける前に言おうと思っていたセリフを、口から出してしまった。 「充、私のもとへ来ませんか。秋人様ほど良い暮らしはさせてあげられない。それに私はβだからあなたを番にすることもできない。 …けれど、あなたがもし私の妻になってくださるのなら、春臣様と一緒にいられる。」 言い終わって、自分が何を言ったのかを反芻し、血の気がさあっと引いていく。 まず、春臣と一緒にいられることを引き合いに出す時点で卑怯であるし、大勢から引っ張りだこの彼にとって自分は客の1人でしかないのに…。 しかも、春臣は嬉しそうに目を輝かせたが、充は再び泣き出してしまった。 それを見て仁は、やはり辛い条件を出してしまったのだと理解する。 「…忘れてください。春臣様と一緒にいられることを引き合いに出して私の妻になってほしいなど、卑怯でしたね。 大丈夫です。妻になどならなくても、ただ春臣様と一緒に引き取らせていただく、という形にできないか、秋人様に相談してみます。」 「そっ……ぐすっ…、そうじゃっ…、なぐでっ…!!ぐすっ… 」 充はぐずぐずと涙を止めない。 「…では、ここにずっといたいのですか…?」 聞くと、充はふるふると首を横に振った。それから暫く間があって、完全に涙が止まると、口を開く。 「仁、俺なんかが奥さんで、あんたはそれでいいのかい。」 恥ずかしそうにそう言う充は、明らかに拒絶を示していない。それどころか、顔色を伺うように、じっとこちらをのぞいてきた。 「…と言いますと?」 充の言葉の真意がわからず、聞き返してしまう。 「ふたりとも、すき…、ってこと!!」 痺れを切らしたように、ずっと黙っていた春臣が口を開いた。驚いて充を見ると、充も驚いたようにぽかんと口を開けている。 「みーちゃん、よかったね!」 ひどく嬉しそうに春臣は笑った。 全く状況が掴めなかったものの、仁と充も彼につられて笑ってしまった。
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