第三話(秋人、仁side)

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第三話(秋人、仁side)

煙管越しの空気を口の中に吸い込み、そのままふっと息を吐いた。白い煙はランプの火に照らされ、温かみのある色を帯びたまま微風に揺らめく。 利き手とは逆の左手で煙管を持ち、形の良い薄い唇から煙を吐く様子は、色気と風格の両方を纏い、まるで一枚の絵画のようである。 そんな主人の美しい横顔に仁はしばし見惚れていたが、やがて我に返って首を大きく横に振った。βの男がαの男を見つめて一体なにになる。 「秋人様、今月の分です。」 「…多いな…。」 仁が舞い込んだ縁談の写真を全て渡すと、秋人はあからさまに顔を歪めた。 もはや毎月の恒例行事である。 家を継ぐのは弟であると公言していているのにもかかわらず、なぜだか秋人に持ち込まれる見合い話は後を経たない。 渡されたずしりと思い縁談の資料に、断ることすら面倒で、秋人はため息を隠せなかった。 次男である冬人は非常に頭がよく回る。さらに穏やかで人当たりがいいにもかかわらず、いつのまにか関わった人を従えてしまう。 上に立つべき人間とは、冬人のような人を言うのであろうと秋人は思うし、当主である父もそう言っている。 そもそも九条家の長男であるとは言え秋人はただの画商だ。稼ぎで言えばそれなりにあるが、地位も名誉もない。 それなのになぜだ。名家の御子息ご令嬢が自分なんかに嫁いで何の意味がある。 「…仁、いつになったらなくなるんだ、こういう話は…。」 縁談の書類に目を通すこともせず返そうとすると、仁は渋い顔をした。 「そうですね、お相手がいらっしゃれば… 」 「好いてもいない相手と身体を重ね、子を成し添い遂げるというのは、窮屈だと思わないか?」 「確かにそうは思いますが… 」 さらに渋い顔をして、仁はしばし黙ってしまった。 “なら好きな相手を新たに作ればいいのではないか。” 言いかけて、仁は口を噤んだ。今秋人にはずっと思い続けている相手がいる。そしてそれ以外の人間を彼が考えられるわけがない。 しかし周りの目を避けようには秋人は魅力がありすぎる。 「では、いっそ娼館から誰かをお迎えし、偽装結婚などをしてみてはいかがでしょう。」 「娼館…?」 「失礼いたしました。冗談でございます。」 まずい。主人のあまりの悩み様に、つい雑な思いつきを口走ってしまった。 仁は焦りを隠そうと冷静にそれを否定した。 しかし、その後秋人の口から出た言葉は仁の予想するものと違っていた。 「悪くないな。」 「…はい?」 思わず聞き返す。 「場所に当たりをつけておいてくれ。形だけ籍を入れればこの騒動が落ち着くなら、悪くない。」 「…かしこまりました。」 場所、と言うのは娼館のことだろう。口走りとはいえ自分で提案した手前、下手なところは紹介できない。 その辺りの情報に詳しい知り合いを、頭の中に浮かべながら、仁はひたいに冷や汗を浮かべた。
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