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第五話(秋人side)
あの提案から半月、仁が秋人に紹介した娼館は、何もないように見える林の中心にひっそりと佇んでいた。
九条の屋敷の半分はあるのではないかという広大な敷地に、一見すると地味ではあるが細かいところに精巧な職人技が窺える立派な建物が立っている。
林を抜けたところから建物までの間は、道標として幾多もの提灯が吊されている。夜闇にぼんやりと浮かぶ淡い橙が幻想的で、まるで祭りの夜のようだ。
はじめ仁から話を聞いたときはこんな場所に人など来るのだろうかと思ったが、ちらほらと覗く客には、上質な着物を纏った人も多く、ほっと息をつく。
「探しにくくはありますが、非常に有名な娼館だそうです。主人も他と比べれば気の良い人と聞いております。場所を聞き出すのに少し手こずってしまいました。」
「仁が手こずるなんて、珍しいな。」
「…この手の話には疎いもので。」
「それもそうか。」
少し早足で建物へ向かい、扉をくぐる。
「私はここで…。」
「一緒に来てくれ。仕事の一環だと思って欲しい。」
帰ろうとする仁の手をとり引き留める。このような場所に来るのは初めてなのだ。できればついていて欲しい。
「…かしこまりました。」
仁の手を引きながら門をくぐると、微かに梅の花に似た香りが鼻をついて、秋人は胸の内に例えようのないざわめきを覚えた。
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