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弟の名前は優人という。
名前の通り、優しい奴だった。また、優秀でもあった。
子供の頃から鉱物が好きだった優人は、地質学者になる夢を叶える為にA大への進学を決める。
そして、入学後すぐの新入生オリエンテーションであの女と知り合ったらしい。
その日、優人は瞳を輝かせ、珍しく饒舌だった。
『兄さん、僕ね今日、天使に出会ったんだ』
『はっ? 何言ってんだ、お前?』
怪訝な声を上げる寿史を気にするでもなく、優人は眉を下げ、口元を緩めた。
『同じ大学の子でさ。本当に可愛いんだ。
それと、びっくりしないでよ?
何と、向こうも僕に一目惚れしたんだって!
さっき告白して、OKもらっちゃった。
その内、兄さんにも紹介するよ』
この時は、浮かれる弟に呆れつつも微笑ましく見ていたが、実は優人か付き合い出した女は、とんだ食わせ者だった。
ハナから優人と付き合う積もりなどなく、ただ貢がせようと思っていただけだったのだ。
そう、世間知らずで純粋だった優人は完全に騙されていた。
女に言われるがままに居酒屋でのバイトに精を出し、給料の殆どを女へのプレゼントや食事代に使った。
所が、空き時間のバイト代だけでは、女の欲求を満たすことが出来ず、そのうち大学を辞めてフリーターになってしまう。
女と別れるよう、寿史が再三に渡って忠告しても、優人は聞く耳を持たなかった。
そんな関係が数年間続く。
どんどん女にのめり込んでいく優人を止めようと、必死な寿史の元に信じられない知らせが入った。
「その日、優人はプロポーズしようと女のマンションに行ったんだ。
そしたら、女のヤツ、いけしゃあしゃあと、
『私達、友達ですらないのに、結婚なんて有り得ない』
と言い放ったそうなんだ。
しかもその時、一緒に女の部屋に居た別の男に
『遥は俺の彼女だ。帰れ!』
と追い返されたらしくて。
ショックを受けた優人は、橋の欄干から飛び降りて自殺した」
寿史が話し終わると、弁護士は目を瞑り頷いた。
「なるほど。だから君は優人くんの無念を晴らそうと、彼女を殺害した」
寿史が頷くと、弁護士は顔を上げて、寿史をじっと見た。
深い沼のような感情の読み取れない瞳。
戸惑う寿史に、弁護士は穏やかな口調で語り掛けた。
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