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良く肥えた土と沈丁花の甘い香り漂う縁側にて、寿史はビュンビュンと小気味の良い音を立てながら庭で布団叩きを振る、祖母の背中を眺めていた。
布団を叩く都度に立つ埃が日の光に照らされ、キラキラと舞っている。
寿史は近くに有った座布団を引き寄せ、二つ折りにして頭を乗せた。
座布団からは日向の匂いがした。
絵に描いたような幸せな場面。
だから寿史は即座に分かった。
これは夢だ、と。
でも、絶対に終わらせてなるものか、と。
寿史は祖母の背中に向かって話し掛けた。
「ばあちゃん、腰痛いんだろ?
別に布団なんざ、干さなくても良いんじゃね?」
祖母は、布団を叩く手を止めずに、大きな声で答えた。
「お天道様が照ってるっていうのに、布団を干さないバカがあるかい」
その言葉に寿史は首を捻る。
「そうかな。無理して腰を痛める方がよっぽどバカだと思うけど」
すると、祖母は布団叩きの手を止めて、寿史を振り返った。
毛玉だらけのオレンジ色のセーターに寿史が中学時代に着ていた体育のジャージの上着を羽織っている。
ズボンも寿史が小学生の頃に穿いていたものだ。
小柄な祖母が穿くと全く違和感がない。
祖母は叩き棒を持ったまま、肩をすくめた。
「人は正しいと思う道を真っ直ぐに進むことしか出来ない。
毎朝、玄関と便所を掃除する、お天道様が照っていれば、布団を干す。
人様から見たら馬鹿らしい事でも、ばあちゃんにとっては大事な事なんだ」
子供の頃から何度も聞いてきた、祖母の口癖。
だから、今更否定する気にはなれない。
ただ、もうちょっと融通を効かせて生きても良いんじゃないかとも思う。
だから寿史も毎回、同じ事を訊く。
「そんなものかね?」
祖母はいつもと同じ、柔和な顔で微笑んだ。
「そんなもんだよ。
それはそうと、そろそろ十時だね。お腹が空かないかい?
お隣さんから貰ったサツマイモがあるんだ。
蒸して食べようか?」
寿史が頷くと、祖母は庭から縁側に上がってきた。そして、身体を乗り出すように縁の下に手を突っ込むと、鼻緒の取れ掛けたビーチサンダルを押し込んだ。
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