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「寿史くん。実はね、君に弟なんて居ない。 優人くんは君の妄想の産物なんだ」 「何だと!」 思わず立ち上がった寿史を見張りの警察官が取り押さえた。 警察官に押さえつけられたまま、寿史は椅子に座った。 弁護士の口調は落ち着いたままだ。 「君と遥さんは、とある施設を通じて知り合った。 遥さんはね、大学で発達心理学の研究をしていたんだ。 そのフィールドワークとして、発達障害の方の就労支援施設に足繁く通っていてね。 発達障害のある人でも気持ちよく働ける環境を整える為に、ご自身でも非営利NPO法人を立ち上げる積もりだったんだ」 「俺はあの女と知り合っちゃいない。 優人が見せてきた写真で顔を知っているだけだ」 そう言うと、弁護士は頷いた。 「恐らく、まともに口をきいた事はなかったんだろうね。 彼女が通っていた施設と君の居た所は姉妹提携しているけど、別の施設だから。 ただ、さっきも話したけど、彼女はNPO法人を立ち上げる積もりだった。 彼女の写真入りのパンフレットか何かを君が一方的に見たんじゃないかと思うよ」 「そんな記憶は無い」 「でも、それが真実だ。写真を見て、彼女に一目惚れした君は執拗に彼女につき纏った。 彼女からも警察に被害届が出されていたし、実際、君は警察官に取り押さえられた事もあるようだ。 その時は職務質問のみで解放されたみたいだけど」 「嘘だ!」 「嘘じゃない。そして、さっきのプロポーズの話。 あれだけは事実なんだ。 ただ、プロポーズをしたのは優人くんではなく、君だけどね。 彼女に振られ、失意の君は橋の欄干から投身自殺を図ったんだ。 運良く助かった所も君の妄想との相違点だね」 信じられない話の数々に頭がついていかない寿史を無視し、弁護士は淡々と続ける。 「ただ、今の君には多重人格障害が出ているようだ。 主治医の先生が、失恋のショックを和らげる為の一種の自己防衛反応ではないかと仰っていたらしい」 「そんなデタラメ信じないぞ!!」 寿史は叫んだ。 優人の為に悩んだ日々。 その記憶が全て、妄想だなんて絶対に信じない。 「デタラメじゃない。君に弟は居ない。 狂った妄想で、夢と才能に溢れた前途洋々たる若い女性の命を奪ったんだ。 君は彼女をバケモノだと罵っているけど……。 彼女の恋人や家族からしたら、君こそがバケモノだ」 話しながら弁護士は一筋の涙を零した。 でも、直ぐにハンカチで拭き取り、何でもないようにそれをポケットに仕舞った。 そして、寿史に向かって微笑んだ。 「通常なら、君は責任能力が無いと見做され、無罪になる可能性が高いだろう。勿論、例外もあるけどね。 また、近い内に面会に来るよ」 それだけ言うと、弁護士は出て行った。
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