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「さてと、寿史くんが眠くなるまでの間、少し話をしようか。 優人くんの事は本当に残念だったね」 「ええ。あのバケモノの所為で優人の前途は潰されました」 そう答えながら、先程の弁護士の言葉は、やはり嘘だったんだと確信する。 他人と比べて、寿史の記憶力が極端に悪いのは事実だ。 ただ、忘れ物が多かったり、約束の時間を間違えたりするが、記憶が全てすっぽりと入れ替わるなんて事は今までに無かった。 しかも弁護士の話では、失恋のショックで寿史に多重人格障害が認められると主治医が言っていたらしい。 そんな事、俄には信じられない。 「先生、僕は本当に多重人格障害なのでしょうか? 弟が存在しないなんて、信じられないのですが。 あと、僕はあの女の付き纏いをしていたと聞いたのですが、そんな事をしていた記憶はありません」 不安な寿史を前に、主治医はゆっくりと首を捻って、曖昧に微笑んだ。 「さぁて、僕は君の話を信じ込んでいたから。 刑事さんに伺って驚いたよ。 特に優人くんの件。戸籍上の君は一人っ子なのだそうだね。 それが真実であれば、多重人格障害の可能性も視野に入れるべきだとは思うけど。 ただ、君は本当に一人っ子なのかい?」 「いえ、弟は、優人は確かに居ました。 思い出も沢山あります」 すると主治医は丸い眼鏡の奥の糸目を更に細くして、口角を上げた。 「それなら今は深く考えない方が良いんじゃないかな? 少し休みなさい。君の精神は人より繊細なんだ。 特別に気を遣う必要がある」 「はい」 主治医に肩を優しく撫でられ、寿史の心は穏やかになっていく。 久しぶりに人の温もりを感じ、全身の力が抜けた。 落涙(らくるい)が止まらない寿史を、主治医はしっかりと抱きしめた後、励ますように背中をトントンと二回叩いた。 「そろそろ部屋に戻るといい」 警察官に付き添われて居室に戻った後は闇に吸い込まれるように意識を失った。
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