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3曲しか演っていないのが信じられないくらいにホール全体が大盛り上がりで、特に最後の曲は有名らしく、みんなが合いの手を入れていた。まるで本当にライブ会場のような雰囲気だ。髪やメイクがぐちゃぐちゃになるのが嫌で、ライブなんて行ったことないけど。
「水谷くん、かっこよかったね。それにあのボーカルの人、やっぱりすごく歌うまいし」
「うん。盛り上げ上手だったしね」
わたしは凛太郎のことには触れずにそう返して、「そろそろ行こっか。お昼食べなきゃだし」とステージに背を向ける。その瞬間、先ほどまでの雰囲気とは違う激しいギターの音が聞こえて、思わずさゆと一緒に振り返ってしまった。
「悟くん」が、「これ、先輩のバンドのなんですけど、歌いたくなったんでやっちゃいまーす」と言ったあとに歌い始めたその曲は、おそらく女性ボーカルのものなのではないか、というくらいキーが高い。
気持ち良さそうに歌うその姿から目を離せないでいると、前のほうにいた小柄な女性が彼に近づいていって、「ちょっと!」と怒ったように言ったのが聞こえた。
演奏がぴたりと止んで、みんながざわつき始める。その女性が、「これ、あたしたちの曲でしょ。なにやってんの、悟」と捲し立てるように続けた。
「うわー、留依さんこわーい。そんなに怒んないでくださいよ。ねえ、凛太郎」
「俺に振るなよ」
「とりあえず、そこどいて。凛太郎はそのまま弾いてて?他のみんなも」
「俺とツインボーカルしましょうよ、先輩」
「絶対イヤ」
ふん、と怒ったようなその顔は、口調とは裏腹にとても可愛らしい。ダークブラウンのふわっとした肩ラインのボブ、くりっとした黒目がちの大きな瞳に紅い唇。コットン素材の真っ白なロング丈ワンピースがよく似合っていて、まるで妖精みたいに見えた。
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