#6 プラチナ・チケット

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「あれ?まなちゃん、だっけ?」 さゆから、「あと10分で着くよ」とメッセージが入った直後だった。食堂前ホールの横の階段を上ろうとしていたわたしを、可愛らしい声が呼び止めた。 「えっと……」 「軽音サークルの花本(はなもと)です。みんな留依さんって呼ぶから、ぜひそう呼んで?」 留依さんは今日も、ふわふわとした白いワンピースを着ている。襟付きのリネン素材のもので、わたしは絶対に選ばないようなものだ。子どものように小さなその足元は、つま先が丸いグレーのサボサンダル。相変わらず5センチヒールのパンプスを履いているわたしとは、その辺のカップルよりも身長差があるように思える。 「まなちゃん、来週のライブに来てくれるんだよね?悟に聞いたら、チケット渡したって言ってたから」 「あ、はい。そのつもりですけど」 「凛太郎じゃなくて悟にチケットもらうんだなぁ、ってちょっと可笑しくなっちゃった」 ふふふ、と柔らかく笑う留依さんの言葉に、頬がカッと熱くなる。それに──サークルの先輩だから仕方ないのかもしれないけれど、凛太郎って呼び捨てにされるのは、やっぱり不快だ。 「あのね、凛太郎にいっぱい頼み込んでやっと組めたバンド、出れることになったの。楽しみにしててね」 両手を合わせて口に当てるその仕草があまりにも可愛らしくて、不覚にもドキッとしてしまった。髪はゆるく巻いているだけでなんのアレンジもしていないし、メイクだってかなりナチュラルだ。身体の線を隠すようなゆるいシルエットの服に、ぺたんこの靴。わたしが考える「可愛い」とはかなりかけ離れているのに──どうしてこの人は、こんなに「可愛い」んだろう。 「まなちゃんって、すっごくメイク上手だよね。わたし、あんまり得意じゃなくて……今度、おすすめのコスメ、教えてほしいな」 「留依さんはそのままでも十分可愛いと思いますけど……」 「うーん……もしそうだとしても、これじゃだめなんだよね。だって、凛太郎は派手な子が好きなんでしょ?まなちゃんみたいな」 黒目がちの大きな瞳で下から覗き込まれて、思わず後ずさりしてしまう。いえそんなことは、と返すと、「まなちゃんじゃ、わたし、勝ち目ないかも」と留依さんが笑う。 「とにかく、ライブには絶対来てね。凛太郎、いくつか掛け持ちしてるし……悟も結構出るみたいだから」 じゃあ、またね。留依さんはひらひらと手を振って、ホールの方に歩いて行ってしまった。淡い柑橘系の残り香が鼻をくすぐって、ハッと我に返る。 ──あれ?もしかしてわたし、今……宣戦布告、された?
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