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わたしの後のシフトの人が急遽休んじゃって、チーフに「ラストまでお願い」って頼み込まれたの。21時すぎなら、ライブ、もう終わっちゃってるよね?
それがさゆからのメッセージだった。ごめんね、と謝るくまとウサギのスタンプが、3つ連投されている。
──そういうことなら仕方ないよね。軽音サークルなら知ってる子が何人かいそうだし、適当に捕まえればいっか。
「大丈夫だよ。めっちゃ物騒なところにあるから、そんな遅い時間に来ちゃダメ!バイトがんばってね」──そう返信してスマホをバッグにしまい、狭く薄暗いライブハウスの中をきょろきょろと見回す。
人口密度が高く、空気が澱んでいるように感じる。ステージ上はまだ暗い。見たこともない人たちの賑やかな喧騒。目がちかちかと霞んで見えるのは、あちこちから流れてくるタバコの煙のせいだろうか。
──凛太郎、どこかな。
背が高いからすぐに見つけられると思ったけれど、ここにはいないのだろうか。そうだ、着いたよってメッセージ送らなくちゃ──そう思い至った矢先、背後から肩をポンと叩かれた。
「軽音の子じゃないよね?友達探してんの?」
振り向くと、そこには知らない男性が二人立っていた。黒縁眼鏡をかけた背の高い人と、緑色のビールの瓶を手にした明るい茶髪の人だ。
「えっと……あの、凛太郎って」
「もしかして凛太郎の彼女?うわ、めっちゃ可愛いじゃん。留依さんの言ってたとおり」
茶髪の人が大きな声で言って、わたしの右腕をぐっと掴んだ。「なんか飲む?」とヘラヘラ笑いかけてきたけれど、怖くてうまく声が出ない。
「おい、びっくりしてるだろ。触るのはまずいって」
「だって、マジで可愛いんだもん。ちょっと触るくらい、別に……」
「せんぱーい、触っちゃだめですって。凛太郎に殺されますよ」
聞いたことのある声がして、わたしの腕を掴んでいたその手がパッと払いのけられる。
「悟、もうすぐ本番だろ。なにやってんだよ」
「先輩たちがナンパしてるのが見えて、つい来ちゃいました」
わたしのすぐ後ろに立っていたのは、怖いくらいに満面の笑みを浮かべた悟くんだった。
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