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「ナンパなんてしてないだろ。一人で困ってるみたいだったから、声かけただけだよ」
黒縁眼鏡の人が戸惑ったように言って、「外出ようぜ」と茶髪の人の腕を引っ張った。悟くんは相変わらずの笑顔を携えて、「俺の出番までには戻ってきてくださいね」と彼らに向かって手を振る。
「モテない人って、どうして可愛い女の子に群がるんだろうね。気持ち悪いよね」
「悟くん……」
「凛太郎なら、ついさっき外に出ちゃったみたい。すぐ戻ってくると思うけど」
今日の悟くんは、襟付きの黒っぽいシャツにジーンズという出で立ちだ。見るたびに寝癖がついている髪は、きちんとセットされている。
「嬉しいなあ。ちゃんとスタートに間に合うように来てくれたんだ?」
悟くんはわたしに向かってニコッと笑うと、ステージから向かって右側にあるカウンター内の女性に向かって、「カシオレお願いします」と言った。プラスチックのカップに入ったブラッドオレンジ色の飲み物を、わたしに「はい」と手渡してくれる。
「カシオレって……これ、お酒?」
「これくらいなら大丈夫だって。カシオレ、飲んだことない?」
恐る恐る口をつけると、オレンジジュースの甘みの中にほんのりとした苦みを感じた。──おいしい。これ、本当にお酒なのかな。ジュースみたい……。
「それじゃ、俺はそろそろ出番だから。まなちゃんが結構好きな感じだと思うよ。楽しみにしてて」
わたしの肩を軽く叩き、悟くんがステージの方に走っていく。カシオレをちびちびと飲みながらその後ろ姿を見ていると、入口近くに立つ凛太郎の姿が目に入った。
彼に駆け寄ろうとして、すぐに足を止めた。隣に、留依さんが立っていたから。
二人の姿から目を逸らそうとしたとき、凛太郎がわたしに気づいた。小走りで駆け寄ってきて、「おまえ、一人なのかよ」と驚いたように言う。
「……さゆが来れなくなっちゃって」
喧騒に掻き消されそうなくらいの声で言うと、彼は「そっか」と申し訳なさそうな表情を浮かべた。そして、わたしの手にあるカップを見て、目を丸くする。
「なんだよこれ。酒なんて、どうして……」
「悟くんにもらったの。いいでしょ、これくらい」
ズキズキとした胸の痛みに気づかないふりをして、その綺麗な顔をキッと睨みつける。
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