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「……また、悟かよ」
凛太郎が舌打ちしそうな勢いで低く呟く。そしてわたしからカップをひったくると、「酒なんて飲むな。おまえ、飲んだことないだろ」と厳しい口調で言った。
「なによ、凛太郎はサークルの飲み会とかで飲んでるでしょ?ジュースみたいだし、別に……」
「バカ、だから危ないんだよ。こんなところで酔っ払うとかありえねえだろ」
頭ごなしに怒られて、悲しい気持ちがふつふつと湧き上がってきた。そもそも、ここにいない凛太郎が悪いんでしょ。いったい今まで、留依さんとふたりでどこにいたのよ。
「つーか、ひとりならちゃんと言えよ。駅まで迎えに行ったのに」
凛太郎が、俯いたわたしの手をぎゅっと握る。それだけでドキッとしてしまったのが悔しくて、「べつに、ひとりで大丈夫だよ。道にも迷わなかったし」と下を向いたまま返した。
「そういうことじゃなくて……場所が場所だから、おまえ一人じゃ危ないだろ。ほんと、何かにつけて危なっかしいよな」
呆れたような声を出されたことにカチンと来て、「ちょっと、そんな言い方ないでしょ」と顔を上げると──声色とは裏腹に、凛太郎の口元は少し緩んでいる。
「……荷物、それだけ?」
「え?」
「さすがにそれはないよな。おまえの持ってるわけのわかんない化粧道具とか、そんな小さいバッグに入らないだろうし」
彼がわたしの手を握る力が少し強くなる。少し考えて、ああ、そういうことか──とその言葉の意味に思い至り、恥ずかしさで一気に顔が熱くなった。
「えっと……大通駅のロッカーに預けてきた。重いし」
「どんだけ荷物あるんだよ」
「うるさい、ほっといて」
フン、とそっぽを向くと、「最後までいろよ。帰りは荷物持ってやるから」と耳元で囁かれて、顔がもっと熱くなる。相変わらずの喧騒なのに、その低い声だけははっきりと届いてしまうなんて、やっぱり悔しい。
「そういえば、どうしてこんなに早く来たんだ?俺の出番までだいぶあるけど」
「あ……」
──悟くんに「早く来て」って言われたことを教えたら、また雰囲気が悪くなっちゃうかな。
汗ばんだ手のひらの感触とほのかに香るムスクの匂いを感じながら、わたしはまた俯いてしまう。なんて伝えたら、凛太郎は怒らないんだろう。
そのとき、踊るようなキーボードの音が大音量で響いた。ステージがパッと明るくなる。その真ん中にいるのは、悟くんだ。
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