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今まであちこちで談笑していた人たちが、一気にステージ前に集まって手拍子を始める。悟くんの透き通るようなハイトーンボイスが会場中に響いて、ライブが始まったんだな、とぼんやり思った。
「ああ、そういうこと……悟を見に来たのか」
凛太郎がわたしの手をパッと払って、吐き捨てるように言ったのが聞こえた。曲は一番のサビに入って、会場のボルテージがどんどん上がっていくのを感じる。それとは対照的に、その熱を冷ますような空気がわたしと凛太郎の間に流れた。
「俺トップバッターだから、って言われて……無視するのも、感じ悪いかなって」
「悟にどう思われてもいいだろ。嫌われたくない理由でもあんのかよ」
歓声にかき消されそうなくらいの声で言うと、凛太郎は黙って会場を出て行ってしまった。「待って」という弱々しい声は、次の曲の前奏に紛れてしまう。力強いドラムとギターの音が、チェーンピアスがぶら下がるわたしの耳をつんざいた。
──こんなときなのに、悟くんの声は耳に入ってきてしまうんだな。
二曲目は、さっきとは打って変わった大人っぽい楽曲だった。童顔で背も低くて、年齢より若く見える悟くんだけど、曲に合わせているのか、珍しく黒いシャツなんて着ているからなのか──ステージ上の彼は、胸が微かに音を立ててしまうくらいに男っぽく見えた。
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