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すぐそこに人の気配がするのに、ちょっとでも動いたら見えちゃうのに──凛太郎はわたしを抱きすくめると、耳たぶを食むように甘噛みしてくる。思わず声を漏らしたわたしの顎を持ち上げると、もう一度キスを降らせてきた。
「……悟に近づくなよ、頼むから」
切羽詰ったように囁かれて、胸の奥が飛び跳ねたように高鳴る。こくりと頷くと、彼の腕が背中に回された。まるで身体全部が包み込まれるような感覚に、ドキドキが加速していく。
「凛太郎、あの……誰かに見られちゃうんじゃ」
「こんなところ、誰も来ない」
「でも、あっ……もう、だめだってば」
優しい手つきで背中を撫でられて、首筋に強く吸い付かれる。声、我慢しろ。他のやつに聞かれたくない──そんなこと言われたって無理だよ。返事の代わりに彼のシャツをぎゅっと掴むと、腕の力がぐっと強まった。
「まな、俺……」
「なあ、凛太郎見なかった?ちょっと確認しておきたいことがあるんだよな」
すぐ近くで男性の声がして、何かを言いかけた彼がハッと口を噤んでしまう。
「さっき見たけど……彼女っぽい子連れて」
「マジかよ、抜けたわけじゃねえだろうな」
見られたらどうしよう──そう思ったのがバレたのか、わたしの顔を胸板に押し付けると、「もう少ししたら俺が先に出るから」と耳元で呟いた。
──こんなの、凛太郎らしくない。公私混同みたいなのはしたくないんじゃないの?そんなに、わたしと悟くんの関係が不安なの?
「まあ、そのうち戻るか」と足音が遠ざかっていく。凛太郎はわたしに触れるだけのキスを落とすと、「またあとで」と唇の端を少しだけ吊り上げた。
*
それからは同じ経済学部の女の子と一緒にいた。部員ではあるけれど、今日はライブを見に来ただけらしい。
「1年目だと、凛太郎くんと悟って特にバンド数が多いんだよね。凛太郎くんなんてほら、留依さんに気に入られてるから」
その子が顔を顰めて、ステージ下に視線を遣る。次は凛太郎と留依さんのバンドが出るらしい。
「まなも気が気じゃないでしょ。留依さんって、見た目はあれだけど中身は超肉食系だから」
さっきはきゅんと高鳴った胸の奥が、今度はずきんと鈍い音を立てる。
凛太郎と留依さんのバンド──やだな、見たくないな。二人が並んでいるのを見ると、辛くて泣いてしまいそうな気持ちになるから。
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