#7 B1Fのライブハウスにて

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留依さんのウィスパーボイスが会場中に響き渡ると、がやがやとした喧騒が一気に()んだ。 いつもの白いワンピースにエレキギターを抱えたその姿があまりにも可愛らしくて、わたしは思わず息を止めてしまいそうになる。 「あの見た目にあの声はずるいよな。性格知っててもときめいちゃう」 「正直、留依ちゃんに誘われたら断れる自信ねえわ」 「心配すんなって。イケメンしか狙わないから」 近くにいる男性数人が、小さな声でそんなやり取りをしているのが耳に入った。──そうだよね。女のわたしでもドキッとしてしまうくらいなんだから、男性ならときめかないわけがない。 ──本当に、妖精みたいに可愛いな。留依さんって。 時折、凛太郎のほうを向いて首を傾げてみたり、語りかけるように歌ってみたり。パフォーマンスなのか本気なのかはわからないけれど、どんな仕草だって絵になってしまう。凛太郎が相手だと、尚更。 凛太郎といい留依さんといい、容姿の良さって、持って生まれた才能なんだな。わたしみたいな凡人がいくら努力したって、ああはなれない。 凛太郎と付き合えたのだって、わたしたちが幼なじみだからだ。彼の「好き」っていう言葉を疑っているわけじゃないけれど、結局あの日以来言われてないし、それに──一番聞きたい「可愛い」って言葉を、未だに一度ももらっていない。 ──ねえ凛太郎、キスじゃわかんないよ。どうして悟くんに近づいちゃだめなの?嫉妬してるの?それならはっきり、そう言ってよ。 100人に1回ずつ可愛いって言ってもらうより、凛太郎に100回可愛いって言ってもらいたい。他の人の言葉なんて、いらない。大好きな人の言葉しか聞こえない。「好き」って、そういうことじゃないの? 留依さんの可愛らしい歌声はマイクを通してわたしの胸に突き刺さって、凛太郎の奏でる低い音がその傷を震わせた。それはとても鈍い痛みで、息が苦しくなって、顔を上げられなくなってしまう。 今夜、凛太郎とひとつになれたら、こんな不安は消えるのかな。好きだよ、可愛いよ、っていっぱい言ってくれたら……凛太郎はわたしのもので、わたしは凛太郎のものだって自信が持てる? わたしだけを見てるってことを確信させてほしい。そうじゃないと、この気持ちがいつか折れてしまいそうな気がするから。
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