#7 B1Fのライブハウスにて

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さっきまでの沈んでいた気持ちが嘘みたいに、目の前で奏でられる音の海にのめり込んでしまった。 音楽なんて、バンドなんて、全然好きじゃなかったのに──ちょっと、ううん、かなり……好きになったかも。音に包まれることが、こんなに心地いいのなら。 相変わらずほとんど身体を動かさずにベースを弾く凛太郎は、時折顔を上げて楽しそうに笑っていた。それとは対照的に、悟くんはひとつひとつの動きが大きい。マイクを握る手が顔に似合わず筋張っていて、彼を照らし続けるライトが、それを鮮明に浮き上がらせていた。 やっぱり悟くんの声はこのバンドにぴったりだ。ポップなサウンドの中に彼の温かな声がなだれ込んで、そこにしかない世界を創り上げていく。見ているわたしたちはあっという間にそこに巻き込まれていって、気づいたら、音に乗って身体が揺れていた。 凛太郎のベースだって、留依さんのバンドのときとは全然違う。その低い音は飛び跳ねているようで、聴いているだけでわくわくするような、胸が踊るような、そんな響き。 わたしみたいな素人に何がわかるの?って怒られてしまうかもしれない。それでも、凛太郎がすごく楽しんで弾いていたこと──たくさん伝わってきたよ。 * 演奏を終えた3人がステージから下りて、こちらのほうに向かってくるのが見えた。確か、凛太郎も悟くんも、このバンドでラストだって言っていたはず。すごくすごく良かったよ──この気持ち、早く伝えたい。伝えなきゃ。 「凛太郎……」 すぐ近くまで来た彼に声をかけようとしたときだった。わたしの少し後ろにいたはずの留依さんが、小走りで凛太郎に駆け寄っていく。 「凛太郎、すっごく良かった。わたしと()るときも、あれくらい本気出してよね」 「……どうも。別に、やる気がなかったわけじゃないですよ」 凛太郎が微かに笑って、留依さんにそう言い返しているのが聞こえた。次の瞬間にパッと目が合って、「まな」と大きな声で呼ばれる。 「俺、これで出番終わりだから──」 彼の言葉は、そこで途切れてしまった。 留依さんが背伸びして、凛太郎の首にぐっと腕を回す。そのまま、彼の唇の端に──留依さんの唇が、触れた。
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