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目の前で起こったことがうまく理解できなくて、おそらく数秒間──悟くんに、「まなちゃん」と思い切り肩を揺さぶられるまで、わたしはそのまま固まってしまっていた。
「まなちゃん、大丈夫?」
「うん……」
──あれ?今の、目の錯覚かな。暗いから、見間違えたのかな。
そう思って凛太郎を見遣ると、口の端を豪快に拭っている。「唇はギリギリ外したのに。そんな反応されるとショックだなぁ」という可愛らしい声が聞こえて、頭を鈍器で殴られたような衝撃がわたしを襲った。
──嘘、でしょ。
目の前がくらくらする。ライブハウス内の暗くて澱んだ空気が全部、わたしの身体にのしかかってきたような心地。今、留依さん、凛太郎に……。錯覚だと思いたい。だけど、そうじゃないみたい。
ふいに喉の奥が熱くなって、吐いてしまいそうなくらい、心臓がバクバクと音を立て始めた。
足先が冷たい。指先も。このままじゃ、倒れてしまいそう。この空気を、一秒でも長く吸っていたくない──。
なにも言わずに小走りで入口に向かい、震える手で外に続くドアを開けた。後を追うようにギターの音が聴こえる。次のバンドの演奏が、始まったらしかった。
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