#7 B1Fのライブハウスにて

14/16
前へ
/121ページ
次へ
「まなちゃん、待って」 階段を上りきったところで、掠れた声に呼び止められる。その声の主が誰のものかわかった瞬間、さらに涙が溢れてきた。 「……悟くん」 「ごめん、凛太郎じゃなくて」 どうしてわかっちゃうんだろう、悟くんには。わたしの考えていること、全部読まれているみたいに。 ふいに腕を引っ張られて、ぎゅっと抱きしめられた。その力は彼の見た目からは想像できないくらい強くて、「離して」と振り解こうとしてもびくともしない。 「俺ならこんな思いさせない。まなちゃんのコンプレックスも努力も、全部わかってあげる」 悟くんが腕の力をさらに強めて、苦しそうな声で言った。──どうして全部気づいちゃうんだろう。凛太郎はいつも、近づいたと思ったら遠くに行ってしまうのに。 「俺、まなちゃんが好きだよ。派手なくせに自分に自信がなくて、一生懸命で……そんなまなちゃんのことを、すごく可愛いと思ってる」 可愛い、という言葉に反応してしまう。違うよ。可愛いっていうのは、留依さんみたいな人のことを言うの。自分に絶対的な自信があって、それに見合うだけの容姿を持ち合わせていて。わたしみたいに、見せかけの自信とは大違い。凛太郎に追いつきたくて追いつけなくて、もがいているだけのわたしとは──。 「悟くんには、いつも見透かされてるね」 「だって見てるから。まなちゃんのこと」 その子犬のような瞳が、わたしをじっと見つめてくる。身長があまり変わらないから、目線も同じなんだな。凛太郎だと見上げないといけないもの。 ──こういう人と付き合えば、わたしの気持ちは満たされるんだろうか。 なんでもわかってくれて、汲み取ってくれて、「好き」も「可愛い」も言ってくれる。頑張らなくたっていい。悟くんとなら、自然体の自分でいられるのかもしれない。 「……凛太郎は不器用だよね」 悟くんの人差し指が、わたしの首筋をそっと撫でる。不器用なのもいいけど、大事なものを失ってからじゃ遅いよね。その小さな声に胸が詰まって、なにも言い返すことができない。 匂いや感触、声──悟くんのそれは、凛太郎とは全然違う。わたしが欲しいのはこれじゃない。悟くんを好きになるっていうことは、凛太郎以外の人を好きになるっていうことだ。──そんなこと、今までもこれからも、絶対にできないくせに。 「悟くん……離して」 「凛太郎もまなちゃんも、わかってる?こんな痕に、なんの意味もないんだよ」 手首を掴まれて、強い視線を送られる。だめ、と思った瞬間──わたしの唇に、悟くんの唇が優しく触れた。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6195人が本棚に入れています
本棚に追加