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「まなちゃん、待って」
階段を上りきったところで、掠れた声に呼び止められる。その声の主が誰のものかわかった瞬間、さらに涙が溢れてきた。
「……悟くん」
「ごめん、凛太郎じゃなくて」
どうしてわかっちゃうんだろう、悟くんには。わたしの考えていること、全部読まれているみたいに。
ふいに腕を引っ張られて、ぎゅっと抱きしめられた。その力は彼の見た目からは想像できないくらい強くて、「離して」と振り解こうとしてもびくともしない。
「俺ならこんな思いさせない。まなちゃんのコンプレックスも努力も、全部わかってあげる」
悟くんが腕の力をさらに強めて、苦しそうな声で言った。──どうして全部気づいちゃうんだろう。凛太郎はいつも、近づいたと思ったら遠くに行ってしまうのに。
「俺、まなちゃんが好きだよ。派手なくせに自分に自信がなくて、一生懸命で……そんなまなちゃんのことを、すごく可愛いと思ってる」
可愛い、という言葉に反応してしまう。違うよ。可愛いっていうのは、留依さんみたいな人のことを言うの。自分に絶対的な自信があって、それに見合うだけの容姿を持ち合わせていて。わたしみたいに、見せかけの自信とは大違い。凛太郎に追いつきたくて追いつけなくて、もがいているだけのわたしとは──。
「悟くんには、いつも見透かされてるね」
「だって見てるから。まなちゃんのこと」
その子犬のような瞳が、わたしをじっと見つめてくる。身長があまり変わらないから、目線も同じなんだな。凛太郎だと見上げないといけないもの。
──こういう人と付き合えば、わたしの気持ちは満たされるんだろうか。
なんでもわかってくれて、汲み取ってくれて、「好き」も「可愛い」も言ってくれる。頑張らなくたっていい。悟くんとなら、自然体の自分でいられるのかもしれない。
「……凛太郎は不器用だよね」
悟くんの人差し指が、わたしの首筋をそっと撫でる。不器用なのもいいけど、大事なものを失ってからじゃ遅いよね。その小さな声に胸が詰まって、なにも言い返すことができない。
匂いや感触、声──悟くんのそれは、凛太郎とは全然違う。わたしが欲しいのはこれじゃない。悟くんを好きになるっていうことは、凛太郎以外の人を好きになるっていうことだ。──そんなこと、今までもこれからも、絶対にできないくせに。
「悟くん……離して」
「凛太郎もまなちゃんも、わかってる?こんな痕に、なんの意味もないんだよ」
手首を掴まれて、強い視線を送られる。だめ、と思った瞬間──わたしの唇に、悟くんの唇が優しく触れた。
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