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「そんなの……大事に決まってんだろ」
もしかしたら答えてくれないかもしれない。答えるにしても、きっと何秒もかかってから。そう、思っていたのに。
凛太郎のその声は揺れていたけれど、はっきりとわたしの耳まで届いた。胸が熱くなって、目の前にいる彼の名前を呼ぼうとしたとき──「俺はずっと、こいつだけが好きだったんだよ」と凛太郎が小さな声で続ける。
「まなは俺の彼女だ。おまえに好かれるのも触られるのも我慢できない。本当なら、殴りたいところだけど」
「うん。いいよ、殴っても」
殴られるだけのことはしたしね、と悟くんが目配せをしてきて、さっと目を逸らした。凛太郎が発した言葉は信じられないものばかりで、こんな状況なのに、胸が痛いくらいにドキドキしてる。
──でも、わたし、悟くんに……キス、されたんだよ。
その感触が蘇って、慌てて唇を拭った。嬉しいはずの言葉たちが、真っ暗な空にふわふわと舞っていく。
「殴るのはやめとく。こんなところで揉めたら大事になるだろうし」
「さすが凛太郎、冷静だね」
「それに……俺も、悪かったから」
凛太郎がこちらを振り向いて、絞り出すような声で言った。その表情に、胸がぎゅっと苦しくなる。
「まな、帰ってちゃんと話そう」
「りん、たろ……」
「もう泣くなよ。俺が悪かった。さっきの……傷つけた、よな。本当にごめん」
彼の冷たい手がわたしの頬にそっと触れる。親指で乱暴に涙を拭われて、思わず「ちょっと、メイク落ちちゃう」と言うと、「これだけ泣いたらもう落ちてるだろ」と呆れたように笑われた。
「こんなときでも化粧の心配するって、おまえらしいな」
今まで見たことがないくらいの優しい笑顔に、胸がとくんと高鳴る。──凛太郎のことが、好き。わたしはいつでも凛太郎でいっぱいで、他の人が入る隙間なんて、ほんの少しだってないの。わたしばっかりそうなんだって思っていたけど、凛太郎の本当の気持ちはどうなの?さっきの言葉、信じてもいいの?
「凛太郎、帰るのはいいけど荷物忘れないでね。そのまま置いてっちゃうからね」
勝手に二人の世界に入らないでよ、まったく。悟くんがぶつぶつと呟いて、ライブハウスに続く階段を下りていく。
悟くんに言われたことに、なんの返事もしていないな──彼の後ろ姿を見てそう思ったけれど、「帰るぞ。おまえと話がしたい」と凛太郎に強く手を握られて、そんなことは頭の中から吹き飛んでしまった。
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