幻風景

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 俺は鈴村晴人。私立探偵だ。と言っても失せ物探しが専門で、小説やドラマに出てくるような、事故や事件絡みの仕事を請け負ったりはしていない。理由は簡単で、それは俺が持っている、他人にはないおかしな能力のせいだった。  写真を通して、そこに写っているものがどうなったのかが判る──見えるのだ。  さっきの指輪を例に説明するとこうだ。  婦人の指に嵌まっている指輪だけに意識を集中する。すると、指輪の周りで起こった事が脳裏に再生される。まるで、今見ている出来事のように。  ケースを開ける骨張った手。爪にはベージュに近い濃いワインレッドのマニキュアが施されている。顔は見えない。派手な指が指輪を掴んだが、なぜかすぐ戻された。次に指輪に触れたのは、乾燥した細い指だった。指輪はケースから取り出され、左手につけられる。手の持ち主は廊下に出て、手すりに掴まり、階段を上って、部屋に入る。積み上げられた本の山を越え、棚から出された一冊の本をケースから引き出して…。  とまあこんな具合に、写真から得る情報は、その対象物の周囲に限られるが、録画した映像のように“見える”ものなのだ。これが、事件に使われた凶器や現場そのものの写真だったらどんなものが見えると思う? 想像に難くないだろう? 事件自体を見るのなんか真っ平御免だよ。  同じ理由で、行方不明者やペット探しも請け負わない。亡くなっている可能性があるからだ。死に至る場面なんか見たくないし、遺体を探し出せても、動物に到っては特にだけど、場所が判った理由がつけづらいじゃないか。  見えているものが何なのか、俺には説明ができない。対象物が見ていたものの記憶かもしれないけれど、よくは分からない。説明のつかない能力で見つけました、なんて言っても信じてもらえそうにないから、適当な理由をでっち上げている。間違ってても物は文句を言わないし、見つかりさえすれば依頼主は細かいことを気にしないから、まあ大丈夫だ。でも生き物はそうもいかない。事件性があったりしたら、見つけることができた俺自身が容疑者にされかねない。それが厄介だから、関わらないことにしているのだ。  さっきの指輪の一件は、たまたまヒントがあったから理由もつけやすかった。最初に見えたマニキュアの指、あの持ち主は多分、指輪を持ち去ろうとして見つかってしまったのだろう。その手は年配者のものだったし、その後、婦人のものらしき手がわざわざ別の部屋に指輪を隠している。依頼主に娘がいるのは知っていたし、最初の手が若い女性のものではないことから、盗難を恐れていたのは想像できる。ただ、隠した部屋がどういう部屋なのか、見ただけでは判らなかった。生活感がなかったから、寝起きには使っていない部屋だとは判ったのだがそこまでだった。あとはもう行き当たりばったりだ。案内してもらったのが“見えた部屋”じゃなかったら、何か適当なことを言って他の部屋を全部見せてもらうつもりだった。たまたま一発で見つかって、内心ほっとしたのだ。  探偵より霊能力者とか失せ物専門の占い師をやれって? ただでさえ胡散臭い能力なのに、それを公言して売りにするなんて嫌だよ。この力がなかったら浮気調査や人探しっていう、一般的な探偵業だってできるのにって思ってるくらいだし。俺だってできるだけ普通の人間でいたいんだ。
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