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依頼人の自宅は山奥にあり、辿りつくまでに車で二時間近くかかった。小さな集落を抜けて細い山道を登り、本当にあるのか不安になった頃、石造りの塀に囲まれた屋敷を見つけた。家の立派さと大きさにも面食らったが、出てきた依頼人には更に驚かされることになった。
「…よろしくお願いします」
そう言ってお辞儀をしたのは、声のイメージそのままの、清楚なお嬢様系の美人だった。ただ年齢だけは想像よりずっと若くて…と言うか、中学生くらいにしか見えない。でも、俺が驚いたのは年齢にではなかった。
俺は、この顔に見覚えがある。写真でしか知らない、会うことの叶わなかったある女性と、この少女は瓜二つなのだ。
「依頼主がこんな子供で、驚かれたことと思います。でも、悪戯とかじゃありませんから…」
挨拶の後ずっと黙っていたからか、居間に通されてすぐ、冷たい表情でそう言われた。失敗した依頼を思い出して沈んでいただけなのだが、彼女には、自分が子供だから引き受けるのを渋っていると思われたようだ。
「あ、いや…そういうことではなくて…」
過去の轍を踏むのも嫌だし、きちんと言っておくべきだろう。俺は顔を上げ、彼女の目を見据えた。
「実は、場所の捜索は経験がなくて…必ず見つけ出せるというお約束ができかねます。そこをご了承の上で、契約するかどうか決めていただきたいと思いまして…」
「それは…」
目を丸くして言いかけたのを、遮るように続ける。
「もちろん、できなかった場合に報酬は戴きません。…どうされますか?」
すると、彼女は少しも迷う様子を見せずに頭を下げた。
「お願いします。色々試して、それでも見つけられなかったのですから…」
彼女にとってその場所がどういう処なのかは分からないが、控えめながらも強い意思を感じる態度に、俺も真摯に応えることにした。見つけ出したい。力になってやりたい。そう思った。
「分かりました。では、その場所の写真はありますか?」
「ええ」
頷いて、彼女は一枚の写真を差し出した。
「手がかりはこれしかなくて…。複数のSNSにも載せたりしたのですが…空振りでした」
古びた写真には、大きな岩の間を流れる青々とした水と、四十代くらいの男性が写っている。美しい景色だが、日本中の何処にでもありそうな場所に見えた。
「この男性は、どなたです?」
写真を見れば誰もが口にする疑問だっただろう。ところが、彼女はさっきよりもずっと大きく目を見開いて俺を見た。
「男性って…? これには誰も写っていませんけど…」
「え?」
間抜けな顔をしてしまった。写っていない? こんなにはっきり見えているのに?
───ああ、そうか。
俺はもう見始めているのだ。いや、この写真に、この景色に、見せられているのだ。この景色の持っている記憶の一部を。
「…どうか、怖がったりしないで聞いてほしいんですけど…」
神妙な顔つきで俺を見ている少女を、怖がらせないように言葉を選ぶ。
「お父様とか…お身内の方で、現在四十半ばくらいの男性はいらっしゃいますか? 背はあまり高くなくて、どちらかと言えばふくよかな感じの…。少し赤っぽい短髪の、優しそうな笑顔の方なんですが…」
写真の男性について特徴を言い連ねるうちに、彼女の顔色がみるみる変わっていった。驚愕に開かれていた目に盛り上がった涙が、ぼろぼろと溢れだす。
「あ、その、怖がらせるつもりは…」
「…です」
「え?」
涙混じりに少女の言った言葉を、俺はすぐには飲み込むことができなかった。
「それは…私の…、主人です…っ」
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