幻風景

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 ──数年前、探偵業を始めてまだ間もない頃に請けたその依頼は、自分でも何故だか解らないうちに契約を交わしていた。内容は人探しだった。当時から生命あるものの捜索は難く断っていたのにだ。依頼人のことも、男性だったこと以外は覚えていない。捜索対象の名前も同様に忘れてしまった。なのに、その写真だけは異様なくらい記憶に残っている。  清楚なお嬢様系の美女。若い頃はきっとそうだったろう。四十代前半くらいの女性だった。俺は何度もその写真を見つめ、その女性の行動を見ようと試みた。だが、写真はただの写真のまま、何一つ動くことはなかった。何故かその写真にだけ、俺の力が及ばないのだ。結局どうにもできずに契約は破棄された。 「ご主人…? あなたの…?」  混乱した脳内に過去の失態まで乱入して、状況が把握できない。写真の“記憶”にある男性が夫だというなら、少女は一体何者なのか。あの写真の女性との関係は? そもそも幾つで…そう言えば名前も聞いていない。 「ここに…ここに、いるんですね? 逢いたい…!」  少女は泣きじゃくりながら、写真を愛しげに指先で撫でている。 「どうしたら帰れるの? どうしたら…」  泣いている女性にかけるべき言葉が思い浮かばず、俺はただ狼狽えた。 「あの…落ち着いてください。とにかくもう一度写真を…」  そうだ。肝心なものは何も見えていないのだ。もっと集中して、手がかりになるようなものを見いださないと…。  俺は彼女の手から写真を受け取ろうとした。ところが、写真に触れた瞬間、ぐらりと目の前が揺らいだ。 「っ!?」  眩暈? 畳が崩れるような感覚にバランスを失う。周囲がぐらぐら揺れたかと思うと、ぐにゃぐにゃに歪み始めた。見ているもの全てが、グシャグシャに握り潰された写真のように歪んで収縮していく。 「うわあっ!?」 「きゃああっ!」  俺達は悲鳴をあげ、身を竦めた。 「なに…どうなって…?」  グシャグシャになった世界の向こうには別の景色があり、それもまた握り潰される。その向こうには更に別の風景が…──  立体的な写真集のページを握っては破り取っていくような光景が何度も繰り返されるうちに、俺は意識を失ってしまっていた。
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