幻風景

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 ──涼しげなせせらぎの音で、俺は目覚めた。気づけば、大きな岩盤を背にして岩の上に座っていた。目の前には青々とした渓流が横たわっている。  ここは何処だろう。一体何が…。確か依頼人の家で写真を見て…、そうだ、ここは、あの写真の景色に似ている気がする。  そう言えば、彼女はどこだ? 慌てて周囲を見回したが、人の気配はない。そこへ、 『お目覚めですか?』  突然耳元で少女の声がして、文字通り飛び上がった。 「? ど、どこに…?」  忙しなくキョロキョロ見回していると、 『もう、そこに私はいません。その景色は言わば幻みたいなもので、実際に別世界に来てしまったわけではないので安心してください。私は別の次元から、直接あなたの心に語りかけているのです』 「えええ!?」  そんな非現実的な…と否定しかけて、自分の能力に思い当たった。俺がもう十分非現実的だ。 『その非現実的な力のお陰で、無事に帰ることができました。ありがとうございます』 「はあ…」  そう言われても、全く実感が湧かない。勝手に事態が動いたみたいで…。 『そうですね。でも…あなたがいなければ動かなかったのです』  俺の心から言葉を拾い、彼女は続けた。 『私は、あなたのいる世界とは違う次元の者です。ここは不安定で、偶さか次元の歪みに落ちてしまうことがあるのです。大抵は自力で帰ることができるのですが、今回は時空まで無茶苦茶に捻れた先に落ちてしまって…』 「迷子になったと?」 『はい』  少女の声は、少し照れているように聞こえた。 『そちらの世界では時間移動しかできなくて…。時を彷徨ううちに、身体と年齢のバランスがおかしくなって、そのせいで夫ともすれ違っていたようです』  ではやはり、いつかの捜索対象は彼女だったのか。時間を行き来していたのなら、見つからないのも納得がいく。通常の時間軸にいなかったからか、同時進行の未来と過去が混ざって、映像化が追いつかずにフリーズしたか。理由をつけるとしたらそんなところだろうが、正解は俺にも解らない。 『様々な条件にあなたの力が加わることで、元の世界に帰る力が発動したようです。本当にお世話になりました』  その言葉を最後に彼女からの“通信”は切れ、霧が晴れるように渓流は消えていった。後には屋敷など影も形もない林の中で、ぽつんと座り込んでいる俺が残った。木々の隙間から射す傾いた陽が、握りしめているものを照らしている。写真ほどの大きさの葉っぱだ。 「…帰るか」  説明のつかない現象には慣れている。理解できなくとも、誰かの役に立ったのならそれでいい。  葉っぱを地面に置き、俺は林の外へと歩き出した。
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