細やかな冒険

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細やかな冒険

 今や、「銀河系統一共栄圏」をうたう人類は、破竹の勢いでその領土を拡張している時代なのだ! 「首都星」である地球を中心に、太陽系、全ての星に住まう我々「太陽系連邦」の、「一等星人」である種族、地球人の元で、他の「二等星人」、「三等星人」である異星人たちは我々の叡智を学ぶべきなのである!  白地に黄金の太陽きらめく、我らが太陽系連邦の御旗の元、太陽系外へと宇宙船の艦体でもって飛び出していった連邦軍は、方々で勇壮なる戦いを見せたのだ! 森と泉しかない様な星で原始的な暮らししかしていない裸同然の異星人たちには、地球語を教えてやり、地球人風の名前をあたえてやり、木々を切り崩し、川を埋め立て、街やダムを造ってやったのだ! 時に、「神から天罰が下る!」と、現地星人は拙い地球語で訴えてきたりもしたものだが、我々は、彼らが信じる「神」なぞが、そもそも存在しない事を懇切丁寧に教えてやった! 彼らが信じるべきものは、我々、「一等星人」である地球人の文化、風習、民俗を学ぶ以外に何一つないのだ!  時に、連邦軍は、我々人類よりも文明が進んでいたり、超能力などで我々を凌駕するような「二等星人」、「三等星人」とも遭遇したものだが、全ての宇宙人を、偉大なる地球人の元に平等に共存させるという理想に燃える、連邦と軍が怯む事は決してなかったのだ! 時に、政治的介入を試み、権謀術数を巧みに利用すれば、戦をまじえる事もなく高度な文化社会はあっけなく瓦解した! 太古の我らが祖先の間では、自分たちよりはるかに進んだ技術をもつ異星人が、なぜ、地球にやってこないのか? なぞという議論もあったそうだが、その理由はこの辺りにありそうである! いづれにせよ、宝の持ち腐れのようにしか、自分たちの科学技術も能力も、満足に扱えないような種は「二等星人」以下である事は明確だ! 我々が「教育」を施してやらなければならない! 無論、我々の統治下となった以上は、本人たちの扱う言語は禁止で地球語の使用を徹底! 名前も全て、地球人風に書き換えられたのは言うまでもなし!  身体能力の強い種に関しても、相手の力を無力化する兵器を開発する事に成功した我々地球人類は、いざ、戦端が開かれるという事前に、兵器を相手陣営に投下するなどといった、鮮やかな奇襲攻撃でもって、問題を払拭した!  今や、我らが偉大なる「太陽系連邦」の支配権は、銀河系全てを屈服しつつあると言っても過言ではない! そして、連邦が次に予定している「対異星人群教育政策」の名称は、「アンドロメダ星雲計画」である! 太陽系連邦! バンザイ!  (一等星人! オレたち地球人! バンザイ…………!)  宇宙船のせまいコクピットの中で、板状の液晶画面から、立体映像化させたプロパガンダCM情報を眺めてはひと時の高揚に酔っていた「オレ」は、やがて、現実に戻ってきていた。 (…………)  おもむろに、目の前の映像をなぞれば、主に呼応した端末機能は察知し、それらは画面の中へと、掃除機が瞬時に吸い込むように消え去る。眼前の窓には、広大な宇宙空間の星空が広がっていた。退社後の「オレ」のマイ宇宙船は、現在、太陽系の只中に、ポツリと停車中で、側を、たまに、同じような宇宙船が通り過ぎていっている。仕事でむしゃくしゃした事があった時の「オレ」のストレス解消法の一つが、こういった類のネットを漁る事による、自分たちの民族の優秀度に酔いしれる事であった。 (…………)  今日は何時間拘束されただろうか。雑然と散らかった操縦席周りをぼんやりと眺めながら、さっきまでの興奮が嘘のように、「オレ」は疲れきったため息を吐いた。  「オレ」の仕事は、太陽系の隅々にまで住む人類の星間の、必要物資などを移送する運送屋だ。だが、時代は、太陽系外まで人類の支配すらをも及んでいる超ハイテクな時代なのだ。今日日、そのような業務は、コンピューター完備の無人飛行のロケット、宇宙船が行うのが当たり前だった。それなのに「オレ」の勤務先は、自前の有人船もちの人間しか採用できない零細企業で、「オレ」の宇宙船は、仕事道具兼プライベートだというのに、法律的にやばいものを運ばされる事すらも多く、もしも警察に捕まれば、宇宙船が個人の所有である事をいい事に、企業は知らぬ存ぜぬを決めこむという寸法な上に、薄給、拘束時間は異常な長時間というオプション付きの、所謂、ブラック会社であったのだ。しかも今日は、直属の女上司から強烈なパワハラをうけた。 「くっそ……! あの女!」  思い出せば、今度、徒労は、急速な腹立たしさと変わっていき、「オレ」は思わず苦虫を嚙み潰したように呟くしかなかった。かつての地球人社会では、男の方がはるかに権力が強かったなんて話も聞くが、それも今も昔の話というものだ。現在の人類の男女のパワーバランスは、平等、というよりも、むしろ女性の方が勝っている。零細企業の「オレ」の上司のように、連邦軍の指揮官クラスにも何人もの女性軍人が存在するし、「首都星」地球にある、太陽系連邦を取り仕切る総裁自体が、もう何代も女性総裁のご時世で、男は、女にかしづく肉体奴隷でしかないような扱いをうける光景なぞザラだったのだ。 (…………)  相も変わらず苦虫顔のままに、眼前の広大な宇宙空間を眺めながら、とりあえず「オレ」は、やっと労働から解放された、このひと時の後の、何にも予定のないスケジュールの事に思考を巡らしてみる事にした。恋人なぞいれば、多少の彩りもあるだろうが、「オレ」の前から最後の女が去り、随分と久しい時間が流れていた。このまま、水星ならどこにでもあるようなスラム街の一角の自分のボロアパートに帰り、一日中、亜熱帯のような蒸し風呂の部屋で、いつものようにうなされながら眠るというのも味気がない。 (…………)  そして今日の「オレ」は一味違ったのだ。おもむろに、手元にあるギアを操作しながら、航路の方針をナビに入力していくと、懐にある薄給を確認し、「オレ」は細やかな冒険にでる事に決めたのだ。行先は「太陽系連邦」の構成上重要な惑星の一角である木星の、その衛星軌道にある星の一つ、エウロパであった。  ブオオン…………。鈍いエンジンの起動音が船内に響くと、「オレ」の宇宙船の船首は其の方向へと向き、緩やかな加速を伴って突き進み、徒労まみれの自分の体が、今、無性に女を欲してるのを本能が感じ取っていた。  目的地の大気圏へと突入し、成層圏にまで至れば、小刻みな振動のコクピットの窓には、既に広大な海が一面に広がる。  ブオオオン…………! まるで「オレ」の流行る心を見透かすように、オンボロのエンジンは唸るような鳴き声をあげ、そして、振動も止まる頃、最早、海の中、至るところで点滅している妖しいネオンの群れが確認できるほどの距離に、宇宙船は到達している頃合であった。  かつては、一面が氷に覆われていたというその星は、度重なる「開発」という名の人類の科学技術によって、全てのベールが脱がされていて、露となった海のみしかない星の中に、海中都市が建設されていく事となった。いつしか、その建築物のほぼ全てが風俗店に成り代わり、他の星に住む人々の性的指向の全てを叶えるためのみに特化した歴史を歩んでいく事となったのだが、そこに搾取される側の者として、幾多の異星人の男娼、娼婦も蠢く事にもなれば、最早、人々は、この星本来の名であるエウロパと呼ぶ事は少なく、俗称である「風俗星」の方が、通り名として一般的であった。  ザブーン…………いよいよ「オレ」の宇宙船が、着水後間もなくして海水の中に突入していけば、水疱の果てに見えるのは、どこもかしこも、ギラつくほどの欲望を誘う看板の群れが、どこまでも輝き続けている広大な海中都市の姿だ。  操縦棹を握りながら、思わずゴクリと、「オレ」は唾を飲み込んだ。  確かに随分と女とご無沙汰であった「オレ」は、実は、プロとの経験は全くない、所謂、玄人童貞だったのだ。船外の見慣れぬ光景に、やや呆然とドキドキしたままに航行を続けていると、目ざといキャッチーを乗せた船が近づいてきては、隣接するように並走し、無線ごしに馴れ馴れしい口調で、自らの店へと引き入れようと躍起となっている。そして、モニター画面には、店のオプションサービスのデーターが、まるでスパムのように次々と送り込まれてくる有様だ。  「オレ」は、慣れない世界におろおろとはしつつも、この細やかなる冒険を成就したかったのだ。とうとう、矢継ぎ早に送付されてくる情報の中の一つに設置されていた、「認証ボタン」を押すと、 「あっざーす。一名様~。ご案内ーっ!」  無線ごしの口調は、どこまでも軽薄であった。  気づけば「オレ」の姿は、一角の宇宙ステーションの個室のような待合室に座っているのだった。せまいシートのすぐ隣には、かなり老齢の小柄な女が腰かけ、タバコをふかしている。 「いらっしゃいませ~」  すると多少の訛りをともなった地球語の「公用語」で、豊満な胸元が随分と開いたデザインのチャイナドレスを着込んだ、スタイルのいい美女が現れて、先ずは小柄な老齢女の前で屈み、 「おお……お前さんかえ」 「あら……〇〇さん……」  二人は顔なじみであるようだ。すぐさま老齢は、無遠慮にその胸元の中に自らの手を突っ込めばかき回しはじめ、チャイナドレスは反応し、 (…………!)  訛りに、地球人の中でも、連邦の「宗主国」の「民族」ではない事を見抜き、多少の優越感に浸っていた「オレ」であったのだが、突然、引き起こされた、今まで見た事もない眼前の光景に、ただただ驚いていると、 「なんじゃ……今日は人手が足りてないのかえ?」  タバコを片手に、老齢の女は変わらず、相手の服の中をまさぐり続けてはニタニタと笑い、 「は、はい。今日は、お客さん、一杯ネ。ん……っ!」  顔を赤らめながら、チャイナドレスは必死に応対を続けるのである。 「指名しとけばよかったかの~。なんだか急に女を抱きたくなっての~。今日は男はいらん! お前さんで決定じゃ!」 「…………っ! は、はい!」  するとチャイナドレスは、耳元に装着していた無線機に何かしらの連絡を小声で呟き、 「お、お兄さん、ごめんなさいネ。すぐにスタッフ、来る。こちら、メニュー、どうぞ」  最早待ってられぬと、皺だらけの手が自らの滑らかな肌、全てをまさぐりはじめる事を許しながら、「オレ」にパネル状の端末を渡すと、幕で覆われた店内の奥へと、随分と年の離れた女二人連れは消えていくのであった。 (…………)  しばしの間、「オレ」は驚くのみだったが、やがて気を取り直し、手渡されたパネルを眺めていると、 「あ~。おにーさん!待たせちゃって~っ!すいませんねー!」  声質からして、先ほどのキャッチ―である事が明白な、軽薄な口調が店内に躍り込んできたのであったのだが、蝶ネクタイのボーイ風の井手達でいながら、頭の髪の毛からは犬か猫のような大きな両耳をクルクルさせ、黒いパンツからは、ふさふさした尻尾まで飛び出している風貌は、ここまで言語巧みに、地球人社会に溶け込んでいるのだから、「二等星人」といったところであろう異星人であった。 「で、どうしますー?!おにーさんの選びたい!遊びたい!ヤリたい放題!素敵な女の子も!男の子も!揃ってますよー!」  「二等星人」はどこまでも愛想がいい。  「オレ」はもう一度、ゴクリと唾を飲み込むと、 「えっと~……じゃあ、先ずは、この地球人種型の、女子、で~」  パネルを見、おずおずとオーダーをはじめたところで、 「あっ! ごめんなさい! 地球人種の子、さっきの子で、ラストだったんすよ~!」  頭の耳をクルクルさせて、キャッチャー兼ボーイの宇宙人は、オーバーに謝罪をしてくる。 「や~。申し訳ない! おにいさんの好み、地球人種か~……あ、そうだ! そうだ! 今日、入ったばかりの子で、いい子いますよ! しかも『三等星人』だから、超格安!どうです?!」  畳みかけてくる犬猫異星人に、 「……オレ、触手だとか、虫みたいやつなら無理だよ?」  ぎこちないなりに「オレ」は自分の好みははっきりと述べると、 「そこはご安心を!僕が保証しちゃいますよ! そだな~! 見た目の違いなら、おにーさんと僕くらいのもんですよ! しかも、ちょーかわいいし、ボッイーンっ!!」 「…………」  ボーイの軽薄な言葉はどこまでも巧みだ。ここまで来て引き下がるわけにもいくまい。結局、「オレ」の中にくすぶり続ける、くだらない日常から逃避したい細やかな冒険心は、GOサインをだしていたのだ。    
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