夜を君と

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 「前から思ってたけど、お前の八重歯、すごい尖ってるよな。実はドラキュラ?」 あと10分位で、昼休み終了のチャイムが鳴る。 そんな時、何をするでもなく自分の席に座っていたら、いつの間にか傍に来ていた君。 君は何気なくそう言ったのかもしれないけれど、昔からそれを気にしている私は、結構傷付く。  「そうだよ、ドラキュラだよ!」 口を横に開き、わざと八重歯を見せてやる。  「おぉ、悪霊退散!」  「ドラキュラは悪霊じゃないよ」  「そっか!」 私とは違う、綺麗に並んだ歯を見せながら、君は笑う。  「そういえば、今度部活のやつらと遊園地に行くんだけど、何人か女子も誘おうって話してて。遠いから帰りは夜になるけど、お前、来れる?」 『来週の土曜か日曜なんだけど、どっちだったかな』と、制服のズボンのポケットからスマホを取り出し、長い指で操作し始める。 遊園地だったら、悪霊やドラキュラの類いがたくさん出てくる、お化け屋敷があるだろう。 もしお化け屋敷に入る事になって、ペアで回る事になって、君とペアになれて。 私が怖いって言ったら、ドラキュラのくせに、なんてからかってきて。 でも、最後には大袈裟に、『しょうがないな』って言って。 そうして、その長い指を私の指に絡ませて、手を繋いでくれるのかな。  「…ごめん、行けない」 指を止め、視線をスマホから私に移す。 私の返事を、耳では聞き取ったけど、脳では理解していないような、そんな表情。 お願い、そんな顔しないで欲しい。 君の笑顔が好きなのに。 けど、仕方ないの。  「ごめ…」  「…いいよ! 用事か何かあるんだったら、仕方ないよ!」  「うん、ごめん…」  「さて、もうチャイム鳴るから、席に戻るかな!」 スマホをポケットにしまい、何事もなかったように、さっきと同じ笑顔を見せて、教室の入り口側の一番前の自分の席に戻っていった。 本当は、一緒に遊園地に行きたい。 お化け屋敷でわざと怖がって、手を繋いでもらいたい。 お化け屋敷に入らなくても、手を繋がなくてもいいから、君の楽しそうな顔を一日中、見ていたい。 けど、駄目なの。 気にしているのは、八重歯の方じゃない。 昼間は人間だけど、夜は違うの。 夜は、君が言った通り、ドラキュラになってしまうの。 私の曾御祖母ちゃんもそうだった。 先祖にドラキュラがいて。 何代かで稀に生まれつくらしいの。 夜になったら、私の八重歯はもっと鋭く伸びる。 君は、『私の大好きな人』ではなく、ただの『獲物』になってしまう。 スマホのバイブが鳴る。 ブレザーのポケットから取り出すと、君からのメッセージ。  『いつか、二人で行こうな』 君の方に顔を上げると、照れくさそうな笑顔。 チャイムが鳴る。 教室に入ってくる先生。 君は前に向き直る。 これ以上、君を好きになっちゃ駄目だ。 君と恋人同士になれたとしても、いずれは私の正体を、君は知る事になるだろう。 でも、もし君が、私の全てを受け入れてくれるなら、方法が無い訳ではない。 曾御祖父ちゃんは、曾御祖母ちゃんや私と同じ、ドラキュラになった。 ドラキュラ同士だったら、夜も一緒にいられる。 『人間じゃなくなってもいいから、曾御祖母ちゃんとずっと一緒にいたかった』って、よく私に話してくれていた。 君も人間じゃなくなってまで、私と一緒にいてくれる? 二人だけの夜の世界を、一緒に手を繋いで、歩いてくれる?
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