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第2話 誘い
ふんわりとした柔らかい笑みで見つめてくる。
(か、かわいい)
その可愛さについつい頷きそうになってしまう。
しかし、相手は今さっき初めて出会った名前も何も知らない女性。
同性だからといえど、ここは慎重にしておかないと。
「変なことはしないので安心してください。それに」
ほんの少しだけ間を開ける彼女。
何か非常に気になってくる。
「襲われちゃいますよ?夜道は暗いですし、
ホテルの中も安全だとは限りませんし」
可愛らしい笑みを浮かべながら、当然と言えば当然のことを言ってくる。
ホテルの中も安全ではないという言葉にもいささか恐怖を感じる。
「お客様、結構かわいい系ですし、後ろからがバット抱き着かれちゃって、
そのままヤられたり、はたまたホテルの廊下で部屋に連れ込まれて、
そのまま・・・。とか」
その上、不安を煽る仮説を次から次へと繰り出してくる。
そんなにも言われてしまったら、不安で不安で仕方がなくなってしまう。
「ね?それを避けるためにも、今日は私の家に泊まりませんか?
「は、はい」
彼女の家に泊まるという再度の問いかけを断ることはできなかった。
こんな日に別の男に襲われるという恐怖体験を避けたかった。
「それじゃあ、コート着てくるんで少し待っていてくださいね」
よく考えてみると、彼女は私が起きるのを待っていた。
後はコートと荷物を持って家に戻るだけのような格好をしていた。
だから、こんな時間になるまで起きなかった理由なのかもしれないけど。
「お待たせしました~。」
少しだけと言っていた通り、2分も立たずに控室のような場所から
コートと鞄を持って出てきた。
コートの色はピンク色掛かったベージュで、彼女とうまくマッチしていた。
というか、この人の方が襲われるんじゃないかな?と
不安を掻き立てられてしまう。
女二人で深夜の道を歩いていたら・・・。
「お客様~。忘れ物とかはないですか~?」
彼女は既に空調器具や照明器具を私のところだけ残して消し終えたようで
そんな問いかけをしてくる。
「あ、大丈夫です」
私はそそくさと鞄の中を確認すると、そのままバーの外へ出る。
さっきまでバーの中が適度な温度を保っていたこともあってなのか、
夜風がひどく冷たい。
その上、辺りにはぼんやりとした街灯があるだけで暗闇が広がっているだけ。
幽霊でも出てきそうな。はたまた変質者でも出てきそうな。
そんな不気味な風景。
急に恐怖が心中を襲った。
カチャ
戸締りをする音が聞こえる。
静かな空間であるからなのか、鍵を閉める音さえもやけに大きく聞こえる。
「それじゃあ、行きましょっか♪♪」
その言葉と共に彼女は歩き出すのだが、
なぜかその手は私の手を包み込んでいて・・・。
「寒いのでお客様のぬくもりを分けてください♪♪」
私が寒さと恐怖で震えていることに気が付いていたのだろう。
むしろ彼女の方が温かいその手で繋いでくれたことで、
心に優しいぬくもりが灯る。
(暖かいな・・・。)
どうして、私は彼女が起きてくれるのを待っているのだろう。
控室でコーヒーを片手に、視線の先で彼女は寝ていた。
普段のお客であれば、体を揺すってみたり声を掛けるなどして
起こしているのだが、
どうしてなのか、彼女にそんなことをする気にはなれなかった。
あれだけ悲しんでいたのだから、この時だけはゆっくりと
寝かせてあげたいと思ったから?
それとも彼女の寝顔をずっと見ていたくなかったから?
理由付けをしようとしても、できそうもない。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
突然聞こえてくる大きな声。
どうやら、やっと彼女は起きたようだが、時計を見て固まっている。
さしづめ、終電を逃したことに気が付いたのだろう。
「あ、お客様。おはようございます」
水を注いだコップを手に持ちながら、彼女に声を掛けると
恥ずかしくなったのか顔を一気に赤くした。
(ふふ、なんかこの人かわいいなぁ。)
ついついそんなことを思ってしまう。
彼女は手渡した水を一気に飲み干すと申し訳なさそうな顔になる。
「あ、ありがとうございます。それじゃあ、私もう。」
帰ります。
そう言うのだろうと、彼女の表情から見て取れた。
「あの。終電もう終わりましたけど、大丈夫ですか??」
どうしてか”帰らせたくない”と思ってしまう自分がいた。
こんな風に思った事なんて、今までなかったかもしれない。
彼女は焦っている。
「あ~。う~ん。まあ、ホテルにでも行くので大丈夫だと・・・」
(ホテル?)
その言葉を聞いた途端、私の中で何かがはじけた。
お金を差し出してくる彼女の腕をしっかりと握りしめた。
「あ、あの、もう夜も遅いので私の家に来ませんか??
ここから近いですし。」
なにがなんでも彼女をホテルに行かせたくなかった。
いや、むしろそんな単純なものではないのだとすぐに気づく。
”手放したくなかった”
彼女は私の提案を断ろうと思っているのだろう。
私も見ず知らずの人から「家に来ないか?」なんて言われれば
怪しくて断ることだろう。
だけど。
「変なことはしないので安心してください。それに」
「襲われちゃいますよ?夜道は暗いですし、
ホテルの中も安全だとは限りませんし」
「お客様、結構かわいい系ですし、後ろからがバット抱き着かれちゃって、
そのままヤられたり、はたまたホテルの廊下で部屋に連れ込まれて、
そのまま・・・。とか」
畳みかけるように私は彼女を脅かし続けた
その内、彼女の顔はどんどんと青ざめていく。
なんだか必死だな。私
そう自分でも思ってしまうほどに、
彼女をホテルという選択肢から遠ざけようとする
罪悪感がなかったわけではないが、そんなことは気にしていられない・
「ね?それを避けるためにも、今日は私の家に泊まりませんか?
「は、はい」
その甲斐あってか、私の再度の問いかけにはすんなりと頷いてくれた。
「それじゃあ、行きましょっか♪♪」
戸締りを終えた私の体はこの寒空が嘘のように熱かった。
心臓の鼓動がドクンドクンとなっている。
ふと目の前の彼女を見ると寒いのか震えている。
ギュ
自然にその手を握った私に戸惑いの顔を見せる彼女に
今まで感じたことのないほどの愛おしさを感じてしまう。
「寒いのでお客様のぬくもりを分けてください♪♪」
寒いわけなんてなかった。だけど私は彼女の手を繋ぐ大義名分が欲しかった。
握りしめた手は自分のよりも断然冷たかったが、それが逆に心地よかった。
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