第3話 戸惑い

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第3話 戸惑い

彼女の手は自分の熱が移っていくように次第に熱くなっていった。 ぎゅっと指を締める度に温もりは強くなっていく。 いつもは味気のないどこか寂しい帰り道なのに、今夜は違った。 気が付けばもう自分の家が間近に迫っていた。 「あ、私の家ここですよ~」 私が目線の先にあるマンションを指差すと、 彼女はなぜか目を丸くしている。 どうしたんだろう。 近づくたびに驚きに満ちた眼差しを強める彼女 キーカードを差し込み、ロビーの自動ドアが開く。 ちらりと彼女の顔色を窺うと、 開いた口が塞がらないといった表情をしている。 (そんなにも驚くことなのかなぁ) そのまま歩いて、エレベーターに乗る。 彼女は視線を当てもなくさまよわせている。 (もしかして、体調でも悪いのかなぁ) 少し心配になってくる。 自分の階に着き、エレベーターを降りる。 「わ~。綺麗~」 エレベーターを降りた瞬間に目をぱちぱちとさせていた彼女は、 突然、大きな声を上げた。 その声色には幸福感が詰まっていて、先ほどまで感じていた心配は吹き飛んだ。 その瞳はきらきらと輝いていて、笑みを浮かべている。 まだ出会ってから数時間も経っていないはずなのに、 こんなことを思うのはおかしいのかもしれない。 「綺麗」 彼女の顔を見ながら、私は呟いてしまった。 「あ、ごめんなさい。取り乱しちゃって・・・・。」 目の前に広がる風景を堪能したのか、 それとも私を待たせていることに罪悪感を抱いたのか。 視線を伏せながら謝ってくる彼女。 さっきまでの表情が嘘のように一気に暗くなってしまった。 (少し残念だな。もう少しだけあの顔を見ていたかったのになぁ) 「あ、大丈夫ですよ。 それじゃあ、外は寒いですし部屋に入りましょっか」 部屋のドアを開ける。 中に入ったとたん、彼女はまた驚きと困惑の 入り混じった表情をしている。 驚いた顔になったり、綺麗な顔になったり、暗い顔になったり。 心が透けて見えるような彼女の表情の変化は見ていて楽しい。 それと共にどうしてだろう。 もっと違う彼女の表情を見て見たいなんて思ってしまう。 (こんな気持ちになるのは初めてだけど・・・。嫌じゃない) 未だ感じたことのない感情を胸に私は彼女を部屋の中へ誘うと、 ドアを閉めた。 心臓がバクバクと言っているのが分かる どうしてこんなにも私は今、緊張しているのだろう。 手を繋いでいるこの人にこの音がどうせ聞こえていませんように。 そう願うばかり。 心臓が高鳴るたびに熱が手に込められていく。 顔も熱い。 吹いてくる風が一層冷たく感じられた。 「あ、私の家ここですよ~」 何分歩いていたのか分からない程に、正体不明の熱に襲われていた私だったが、彼女の声はすんなりと耳に入ってきた (あ、もう着いたんだ。どんなお家なんだろう) 視線を上げていく私。 (え?う、うそでしょ・・・!?) 目の前に聳え立っていたのは、 この辺りでは有名なタワーマンションだった。 自分の給料では到底住むことのできないだろう。 一度でいいから、ここに住んでみたい。そんな憧れを持っていた。 そんな敷居の高いマンションを彼女の指は指示していた。 一瞬、何かの冗談かと顔色を伺ったが、 そんな素振りは一切なく嘘を言っている気もしない。 ピッ 私が驚き困惑している間に、彼女はカードのようなものを 機械に差し入れる。 すぐに自動ドアが開いていく。 (あ、これマジなやつだ・・・。) マンションの中に彼女の手に導かれながら入っていく。 本当に夢のようだ。 玄関ロビーは自分の部屋の一室くらいの大きさだろうか。 天井には小さなシャンデリアみたいな照明器具が 吊り下げられている。 そのままエレベーターホールに行くと、 なんと3台もエレベーターがある 自分の会社でさえ、2台しかエレベーターがないのに。 中に入りまたもや困惑してしまう。 階数パネルが40階まである。 そして、今なお手を放してくれない彼女は29階を押す。 ここまでくると、自分がいかに場違いな人間なのかを 思い知らされる。 途端に落ち込んでしまう。 エレベーターがどんどんと上がっていく最中、 私の落ち込みも増していった。 ドアが開き、外の景色が見える。 瞬間、さっきまでの落ち込みが嘘のように気分が軽くなった。 視線の先に広がるのは色々な光で照らされた煌びやかな夜景。 まるで宝石のような景色。こんなの見たことない。 「わ~///すごく綺麗~///」 言葉が勝手に口をついて出てしまう だけど、そんなことに気を留めていられなくなるほどに、 目の前の景色に心を奪われた。 ついつい夜景に夢中になってしまった私は、 あの後彼女の視線に気づくまでの間、 ずっと眺めてしまっていた。 そのことに申し訳なさと罪悪感で一杯になりながらも、 彼女の家に入っていった。
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