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ちょっとだけ浮かれながら、デパートのエスカレーターを上がる。
ちょっとだけだよ、ちょっとだけ。そんなに舞い上がってないよ。
入口をくぐってから11階に至るまで、所狭しと張り出してあるポップは、あらゆるブランドのチョコレートが集まるチョコレートの祭典を盛り立てている。
そう、皆さんお馴染みのバレンタインフェスだ。
ずっと気になってたんだよね。めちゃくちゃチョコレートが好きってわけじゃないんだけど、甘くて美味しいものは好きだ。
年々規模が大きくなって行くバレンタイン催事を遠くから眺めているうちに、ついにはこんな日商一億とか言われるイベントが開催されるようになって早何年。
来てみたいと思いつつ、来ると腹が立つから来られずにいた。
誰も僕にくれないから、とかじゃなくて。一応部下が義理チョコくれるし。
恋人の玲次がとにかくイベント嫌いで、こういう世間様がはしゃぐようなことを「カッコ悪い」「ダサい」と白い目で見ていたからだ。
僕はこういう楽しそうなことには乗って、自分なりに楽しんじゃえばいいじゃん? ってタイプだから、この違いは長年の大問題だった。
こっちから無理やり巻き込むと、結局喧嘩になるっていうのはわかってるから、僕はひたすら黙って指をくわえて、バレンタインが過ぎ去るのを待つしかなかった。
何もなくてもちょいちょい喧嘩するのに、更に喧嘩するのはめんどくさいじゃん。
でも、今年は違う。
付き合い始めてから間もなく28周年を迎えようとしている僕たちに、初めてバレンタインがやって来る。
この間のクリスマス、とうとう玲次が折れて、自分からチキンとケーキとプレゼントを用意してくれたのだ。
プレゼントは、玲次と僕、龍樹のイニシャル入りの十字架のネックレス。その昔、高校時代に僕があげたネックレスとちゃんとお揃い感がある。思ってもみなかった気の利いた品に、僕は素直に感動した。
勿論、最高に嬉しくて、それからずっと着けてる。
更に、以降の記念日やイベントもやっていい、やってやる、って明言した。僕は聞いたぞ。
何があいつを変えたのかは、よくわからないけど。
でも、今年は大手を振ってチョコレートを買って、プレゼント出来るんだ。
エスカレーターが、ようやく11階までたどり着く。
目の前には、コンシェルジュがある。
…コンシェルジュ? 何気なく近寄ってみると、店員さんが訪れたお客さんに配置図を見せながら案内している。案内所か。
見回すと、とにかく人だらけだ。
天井の奥行から言って、相当このフロア広そうなんだけど、人がぎっしり詰まってて全然向こうが見えない。
うーむ。どこから攻めたものか。
周りを見回すと、すぐそばのスタンドに、配置図が置いてある。とにかくこれを見てみよう。
手に取って広げてみると、目眩がするほどカタカナとアルファベットが並んでる。
そ、そうだよな…こう、ほら、海外の有名なショコラティエも多数参加とかってどっかで見たし。
で、どこが美味しいんだろう。
僕は大体何でも美味しく頂けるけど、玲次はさほど甘いものには手を出さないからな。酒呑みだし。
下調べして来るべきだったな。たくさんお店が出てるからぶらぶらと見て回って、試食して、良さげなのを…なんて発想は甘かった。こんな、正月の熱田神宮みたいな中をぶらぶらとなんて、不可能でしかない。
多分、閉店までに半分も見られない気がする。
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