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***休暇前の、ひと休み***
「ああー、帰ってきた!なんだか、今日は、休みたいな、休みたい!昼までちょっと、寝かせて」
イエヤ邸の玄関広間で、ミナはそう言って、1人で畳のある部屋に行ってしまった。
いつもと違う、圧力じみたものを感じて、デュッカは、引き止める言葉を発せなかった。
でも、1時間もしないうちに、居間にやってきて、恥ずかしそうに笑った。
「いきなりごめんねっ。さて、何か、変わったことはあったかな!」
すると、ジェッツィが、ミナ、ここに来て、と、自分の座る長椅子を示した。
ひょこひょこ近付くと、座ってと言って、腕を引き、ちょっとだけ上体を傾けて、隣に座るミナに寄り掛かった。
向かいの長椅子に座るセッカが、早速だけど、と口を開いた。
「家の改築が、あと、ひと月ほど掛かるの。私たち、宿とか借りた方がいいかしら」
「いえ、それは、スーン家を優先します。グィネス、部屋はどうかな、足りるかな」
近くに控えるグィネスは、少し上体を倒して、答えた。
「はい。旅先からのお話がありましてから、確認しました。部屋は無限にあるわけではありませんが、人数の確定しているご家族のほかに、大部屋と、あといくらか、客間がございます。状況によって、違うお部屋をお使いいただきますが、長期ご滞在の方に関しては、固定のお部屋をご用意することができるでしょう」
「うん。じゃあ、確認しながら、割り当てよう。今日だけど、ジュールズとヘインとシィンは、レイネムとセイエンとナムリと同室で寝てもらおうと思うんだけど、キリュウは大丈夫そうかな」
「はい、デュッカ様より、今夜の割り当てを指定されています。ユクト様とラフィ様を含む、男のお子様たちは、ひとつのお部屋で、年代別にデュッカ様が仕切ってくださるということです。こちら、ファル様と、ルフト様が入られます。ほかのハイデル騎士団と警護隊の皆様、あと、キド様とベン様には、お泊まりいただく積もりでして、ご家族ごとと、あとは男女に分けます」
「あ、そうなの。人数は、確定?」
「はい。男のお子様は、シュリエ様と、ガス様がお泊まりで、ボルド様、カジィ様は、ご滞在先にお戻りです。ホトニル様は、マディク様がお引き留めだそうで、マナカ様をこちらで預かってもらえないかと、セイレイナ様よりお話があり、デュッカ様を通して、お引き受けしました。セッカ様は、そちら、お嬢様方のお部屋で過ごされたいということです」
「そうなんだ。そっか、ニトは諦められても、1人は、いやなんだね、ふふ。えっと、ガスって言う子は、あの子だね。ブレネルの息子さんだ」
男の子たちは、広げられた幼児用柵の中で、遊んでおり、ブレネルの息子ガス・ビート含め、今はまだ、ボルドとカジィもいる。
ガスのことは、桟橋の迎えの一団のなかにいたので、紹介されたのだ。
「はい。赤銅色の交じる青髪のお子様です。ブレネル様のご令室には、これからよろしくと、イエヤ家の皆様宛てと、私ども使用人にまでも、菓子をいただきました」
「あ、うん。遠慮せず、いただいてね。これから、色々、助けてもらうことになると思うから、ほんの気持ちなんだと思う」
「はい、では、ありがたく、いただきます」
「うん。ミスエルと、クシュナは、いないんだね」
シェイドの連れ合いのミスエルとも、ブレネルの連れ合いのクシュナ・ビートとも、レテリム港に降りたとき、軽く挨拶を交わしていた。
「はい。お二方とも、ご伉儷とお話があるそうです」
「そっか。じゃあ、昼食は、ここにいるだけ?ジュールズとファルセットは、まだ帰ってないんだ」
「いえ、一度、お戻りになって、すぐ、ほかの彩石騎士の皆さんとお出掛けです。従者方もいらっしゃったご様子でした」
「そっか。夕食には戻るって?」
「はい、そのように、アル様に、お聞きしました。オズネル様とマトレイ様は、それぞれでお出掛けです。夕食には戻らないかもしれないとのことでした。カリ様とファラ様から、朔の日にでも、連絡を取りたいということで、言付かっております」
「ん、分かった。じゃあ、明日は一日、のんびりしようかな。ジェッツィは、今、朝は学習場で、昼から修習館だったね、ウラルと一緒に」
「うん。今は、舞台は、仕事をすることじゃなくて、見て、感じることを大事にするといいって言われたの。それでね、ミナたちが戻ったら、夜の舞台も、連れて行ってくれるって、リィナが」
昼の舞台は、週末に数回、リィナが連れて行ってくれたのだと、旅先での手紙にあった。
「そっか。じゃあ、半の日か藁の日に行こうね。来週末、藁の日に行けたら行こう」
「うん!」
そうして話していると、昼食の時間になり、ひとまず、食事を摂る。
安定の味にほっとして、食後の茶を飲むと、夕方まで、どうしようかなと考える。
「ん、イエヤ邸の敷地使って、みんなで遊ぼうか。まず、どんな遊びにするか考えて、実行する。それか、今後の計画、考えるのでもいいけどな。どうする?」
真っ先に、ブドーが言った。
「今日は、円の日だもん、遊ぼうぜ!レジーネもできる遊び?」
「うん!女の子もね!彩石を使うのは、なしね。基本は、追い駆けにしようか、探し当てにしようか。隠れ当ては、レジーネにはまだ難しいものね。それで言ったら、探し当ても、理解しにくいかも。あ、でも、お菓子を隠して、探すっていうのなら、できるかな」
「俺は、追い掛けが、したいなあ!走り回るってことだろ!」
「そうだよ。セイエンがいると、すごく勢いがあるけどね。ん、二手に分かれるのは、どうかな!レジーネ組と、ニト組!レジーネは、ニトを捕まえる、っていうことはできると思うんだ。それを、同じ組のみんなで、助けるの。そうだ。例えばね、レジーネとニトを、同じ仕組みの乗り物に乗せるのよ。みんなは、それを動かす係!乗り物の速度を速めにして、先回りして、方向転換して、逃げる組を追い掛けるのよ」
「んー、方向転換しないと、まっすぐしか、進めないってこと?」
ジェッツィが聞き、ミナはそちらに頷いて見せた。
「そうだね!障害物や、敷地の境界の前で止まるの。そうだ、みんな、同じ方向転換の道具を持ったら、公平だね。異能ごとに、少し違ってもいいけどね。例えば、そう、鏡みたいに、正面にかざすと、上下左右に動くのよ」
「上下?」
ブドーが、不思議そうに聞き、ミナは笑った。
「そう!浮遊板を使って、上空まで行けるようにしよう。それは、デュッカ、作ってもらえますか」
「いいだろう」
「ありがとうございます!そうだ、こうしたらどうかな。みんな1人ずつ、輪を持って、それに、自分の組の子を通すと、名前を言った、同じ組の子のところに、高速で移動するのよ。まあ、高速と言っても、レジーネとニトに大丈夫な程度でね」
「おおー、で、片方は逃げるから、片方がそれを追い掛けて、近いところに誘導するんだ!」
段々と想像が形になってきたらしく、ブドーが身を乗り出す。
「そういうこと。捕まえるっていうのが難しければ、乗り物がある程度近付いたら、遊戯終了でもいいよ」
「うん!なあ、やってみようぜ!」
そういうことで、準備をして、レジーネを含む逃走組と、ニトを含む追走組に分かれた。
今日は円の日なので、サキとエオは休日ということで、組分けではキリュウと離す。
コーダとボルドを分けて、シュリエとガスを分けて、ブドーとカジィを分け、キリュウとチェインを同じ組、サキとエオを同じ組として、配分のよい分け方になるようにする。
ジェッツィとウラルとマナカは、小型の輪を持っていて、これに体の一部でも触れると、たちまち真下の地面に着地させられる。
少女たちは、最初は、3人でキリュウを手伝い、慣れてきたら、散らばって、少年たちの隙を窺い、遊戯を引っ掻き回す役目だ。
少年たちが、手のひらと手の甲で組を割り振り、いざ、遊戯開始。
ミナはしばらく、レジーネの近くで様子を見て、遊戯の具合を確かめる。
セッカも、ニトの側で、怖がったり、不安がったりしないか見てやり、同じ組の子たちの動きを確かめた。
レジーネとニトの乗り物は、胸をぐるりと輪が囲い、座って、手を伸ばす方向に、平行移動するものだ。
最初は、ニトが追い掛ける側で、数を二十、数える間に、レジーネは離れたところに運ばれた。
イエヤ邸の敷地内の至る所に、デュッカの作った浮遊板が散らばり、この板を踏むと、勢いに応じて飛び上がり、いくらか、体の傾きなどで、飛ぶ方向を変えられる。
もちろん、子供は全員、緩やかに落下する膜で包んでいるので、飛んだあと、落下し始めると、体の傾きや、手足の動きで、いくらか着地点を変えられる。
ちなみに浮遊板は、上空から踏む以外では、子供を避けるようになっている。
始めのうちは、状況に適応しようと苦心していたが、それほど時間を掛けることなく、少年少女は、辺りを自由に飛び回った。
必ず、誰か1人が、レジーネやニトの側に付いて、いざとなると、仲間のところへ送る。
キリュウは、レジーネが来ると、ジェッツィとウラルとマナカに促されて、どうすればいいのかをやってみて、覚える。
そのうち、キリュウも1人で行動できるようになったので、ジェッツィとウラルとマナカも、少年たちを追い掛け始めた。
遅れて動き出したニトの組は、追い付くのに苦労していたようだが、1人がレジーネを追い、ほかの子たちは、レジーネ組の者を追い掛けることで、優位に立とうと、し始めた。
キリュウは、全体の流れは解らなかったかもしれないが、みんなと一緒に何かをしているのだということは、理解できたらしく、懸命になって動いていた。
そうこうしているうちに、今日、夕食をともにする者たちが集まって、仲間に入り、人数が増えたことで、動きが活発になってきた。
いよいよ、追い詰めるぞという段になって、レジーネとニトが疲れて、うとうとしだしたので、コーダとボルドが代わりを務め、やりきった。
時間の掛かる遊びとなったが、全身を使ったので、少年少女も、ほどよい疲れを得て、休むことになった。
もうちょっと体を動かしたいなとゼノが言うので、今度はセイエンが追い掛ける役となり、自由参加の騎士たちが逃走を始めた。
騎士たちの多くは、自分の異能を使って逃げ、パリスとラフィは、セイエンと同じく、デュッカが前の遊戯で作っていた浮遊板を使う。
その様子を、屋外の高いところに敷かれた浮遊台に寝転がって眺め、少年少女は感心する。
大人だからではなく、騎士だからこそ、できる動きだ。
充分休んだ少年少女は、セイエンと遊びたいと強く主張し、どんな遊びにしようかと考える。
「今度は、セイエンにも難しそうな遊びにしよっか!泳ぐのは得意?」
ミナに聞かれて、セイエンは、ちょっと警戒を見せる。
「えっ。得意じゃない…」
「んじゃ、今度はさ、ぷかぷか浮く空間で追い掛け!進むときは、手足で空気を漕いで、動くの!あ、でも、女の子にはちょっと、見た目がやりにくそうだな」
「うーん、そうかも…」
ウラルも想像して、難しいことを考えるような顔をするが、ジェッツィは、ええ、大丈夫でしょう!と声を上げる。
「ふふ、まあ、セイエンも気が乗らないようだし、それはやめとくか。それに、追い駆けばかりじゃなくて、何かないかなあ、道具を取り合うとか!投げ合うとか!そうだ、こんなのは?板を踏んだら、球が飛ぶの。その飛んだとこに行って、うまく取って、また、飛ばす!球を地面に落とさないようにするとか、何か決めるといいかも。そうだな、まだ浮遊板があるから、あれに乗ると、一定の大きさに広がって、球を跳ねさせるの。球は、いくつか用意して、たくさん取った方が勝ちとか!うーん、球を跳ねさせる側と取る側に分かれてもいいけど、今回は、もう夕方になるし、球は自在に動くようにして、時間を決めて、取れた量で勝ち負けを決めようか!」
「自在?」
「うん。そうだな、今ある浮遊板とは別に、球専用の浮遊板を放つの。誰かが球を取ると、新たな球を出現させて、一定量が動き回る。そうだな、速さが3段階ぐらいとか、違いを作ってもいいね。そうだ、セイエンは、どうやって球を取ろうか。口で銜える?道具を持つと、動きが制限されちゃうね」
「んー、でも、1個しか持てないよ」
セイエンが言い、ミナは答えた。
「取ったら、彩石狼に蓋付きの籠を持たせて、それに入れたらいいよ。袋がいいかな。個人戦でもいいし、組分けしてもいいね!あ、デュッカ。いいのできそうですか」
横では、デュッカが、小さな球を動かして、具合がよくなるように調節している。
「ん。生成板から上に向けて飛び出して、以降、一定の距離を落下したら、上に跳ね上がる仕様とする。風にいくらか流されるから、跳ね上がりと落下の軌道を読むことは難しいだろう。その辺りで、子供にも勝機があるかもしれん」
「はい!じゃあ、やってみますか!ヘイン、ムト、籠、できましたか」
ヘインとムトは話しながら、セイエンに具合の良さそうな籠と、人用の籠を作り出していた。
「うん、これなら、入れたあと、飛び出さないだろう」
ヘインが彩石狼に籠を装着し、セイエンが具合を確かめる。
そうして必要なものを用意し、決まりを定めて、開始の合図。
人々は、球を入れる籠を腰に装着すると、見通しの良さそうな上空へと上がる。
今回、デュッカの浮遊板を使っていいのは、少年少女と、ユクトと、パリスと、ラフィだ。
ただし、落下時の備えをしているのは、少年少女だけなので、ユクトたちは、落ちないように行動し、落ちるときに怪我をしない仕掛けを、自分たちで用意した。
ミナは、デュッカと、レジーネとニトとセッカとともに、浮遊艇に乗って上空から観戦だ。
「ニトとレジーネには、判んないかな。球を取る方が、楽しいかもね」
そう呟きながら、球を追う人々とセイエンを指差して、見て見て、すごいね!と言ってみる。
こぶし大の球の判別が、し辛くなる黄昏どき、ジュールズたちが帰って、様子を見たアルが、なんだ、これはこれで楽しそうじゃねえかと声を上げる。
それを合図のように、遊戯を終了して、取った球を数え、イルマとセイエンが並んで1位、次に多かったのがブドーで、長く浮遊板で遊んでいたことが、有利に繋がったのか、ほかの子たちも、それなりに取っていたようだ。
「おいおい、騎士たるもの、子供相手に手ぇ抜いてんじゃねえぞ!」
ジュールズの言葉に、手は抜いていない、とゼノが返す。
「騎士同士で潰し合っちまった。取り合いに、むきになってた」
セラムが言った。
「まあ、子供と言っても、風読みは、ブドーとジェッツィとウラルは、かなりうまいな。シュリエは、体の使い方がうまいし。マナカも、特に鍛練していない女の子にしては、機敏だ。ボルドは浮遊板の使い方がうまかった。コーダとサキは、状況を掴むのがうまいな。エオとガスは、判断が速くて的確だ。チェインの動きは独特だな。でも、的を掴む確実さがある。カジィは、全体をよく見ているようだな。遊びよりは、事故に気を付けているようだったな」
「お!そうか。将来が楽しみだな!」
そう言って、近くにいたキリュウを見ると、ちょっと首を傾げて、何か、考えているようだ。
セラムが気付いて、言った。
「キリュウは、体の動かし方がうまくなってきたな。すごいぞ」
「からだの…うごかしかた…が、うまくなってきたな。すごいぞ。ぼく、すごい?」
「おー、そうか。体の動かし方も、キリュウにとっては、成長のひとつなんだな。うん、キリュウ。お前は、すごいぞ!」
「あ、ありがとう!」
褒められるということに、喜びを感じる。
感じることが増えて、キリュウは、今、育ちつつあるのだ。
ジュールズは、キリュウの頭を撫でて、おう、と答えた。
「湯の支度ができていますが、お入りになりますか。お食事のあとがよいでしょうか」
グィネスから声が掛かり、一同は、先に湯をいただくことにした。
男女に分かれて、大きな浴室で湯を浴び、親しい者たちで食事を摂ると、舞踏室で、好きなように踊る。
来週から、色々と、考えること、そしてやらなければならないことがあるけれど。
今は、皆で笑い合う。
我が家に、帰った。
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