【 3 】

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【 3 】

 行動の真相を見抜かれた衝撃からようやく立ち直った寛承(かんしょう)君が、冷淡に締めくくられた(なが)口上(こうじょう)に弱々しく食い下がる。 「無いなら …… 作ってくれ」 「むやみに僕の仕事を増やそうとするな。黙って結婚しろよ」 「軽く言うけど、妻帯は一生の問題だぞ! それを王室の奴らと来たら、(にしき)ひと巻きの勅命(ちょくめい)で人の人生を左右しようとしやがる! 誰も名前を聞いた事のない遊牧民の …… 何て言ったっけな …… 遼俄(りょうが)とか言う部族の姫と結婚せよ、って命令なんだ。 ひどいと思うだろ? 助けたくなるよな? 」 「見ての通り、今の僕はコウモリと会話する道具の製作で忙しい。この集音装置を調整し直したら、またすぐ近くの洞窟に戻って実験を再開しなければならないんだ」  突き放す鄭欣(ていきん)が竹細工の所まで戻り、湯気の熱が去ったのを確かめてから止め(ひも)(ゆる)めると、その(たる)型の物体は開花するようにバラっとほどけて巨大な傘状に変形した。 「コウモリなんて()っとけよ! どうせ奴らキーキー言い合う以外に大した事は話してない!」  寛承君は腰をかがめ、相手を見上げんばかりの体勢で頼み込む。 「(きん)、同門の(よしみ)で少しは同情してくれ。俺の結婚で他の勢力との結び付きが強まって、それが(そう)のためになるなら喜んで国に尽くしたい。だが相手は外塞(がいさい)に住まう異民族の娘だぞ。俺の好みと全くかけ離れた女だったらどうする」  皮肉に微笑んで、その切実な口調をあしらう鄭欣。 「ああ、そう言えば君は女性の外見については昔から異常なほどうるさかったな」 「繊細なんだ」  一転して態度を切り替え、体を反らして寛承君は理想を語り始める。(いわ)く、美人なのは絶対条件だが、美の主張が強過ぎてはならず、常に自分に寄り添い、互いを補いあえる同質にして小異(しょうい)なる愛らしさを備えていなければならない。(たお)やかであればあるほど良く、口ごたえなど決してせず、加うるに ……「一定の音量で(しゃべ)り続けてくれてありがとう。集音能力の調整が完了したよ」  竹細工の骨組み部分をてきぱきと折り(そろ)えながら鄭欣は寛承君のたわ言を封じ込んで、最後に軽く助言を付け足した。 「旅の途中でたまたま立ち寄ったと嘘をついて、君自身が直接相手を見に行け。それで解決する」 「そんな事が出来たら苦労はしないし悩みもしない! 王族の婚礼ってのは規則づくめなんだ。相手の姿を見てから婚儀を決めたり断ったりするのは、非礼の(きわ)みとして禁じられている。それにもしも先方(せんぽう)と面会してから断ったりしたら、侮辱と見なされて外交問題だ。最悪、戦争にだってなりかねん。直接攻め込むには確かに遠すぎるが、宋と争う国に援兵や軍馬を送るくらいの意趣返しはしてくるだろう。  いいか鄭欣、俺は、相手を直接見るに決断しなければならない。この婚姻を受けるか、辞退するかをだ。  な、頼むから知恵を貸してくれ。俺だけじゃなく、宋を助けると思って …… 」  寛承君としては、常に多忙な友を困らせてしまう事の申し訳なさを自覚した上で、それでも再び低姿勢に戻ってひたすら泣き落としを続けるしかなかった。鄭欣は外に出す感情の起伏こそ小さいが、その実、困っている者から(すが)られると嫌とは言えない義心を持ってもいる。 「 …… 仕方ないな …… 」  軽く握った左拳を下顎にとんとん当て始めた友人の動きを見て、寛承君の心中に感謝と安堵が広がった。それは、鄭欣が考えを巡らせている時のクセだ。  親友よ、かたじけない。君こそ我が救い主、真の友にして若き天才だ。 「わかった、考える」 「ああ、ありがとう、鄭欣 …… 我が友よ …… 」  本当に頼りになる男だ、と感動しつつも、小さく(たた)み終えた竹細工を小脇に抱えて革外套(がいとう)羽織(はお)る鄭欣の行動を理解しかね、寛承君はその先を言い(よど)んだ。  この男はなぜ外出着を身に付ける必要があるんだ。 出かける気 …… なのかいやまさか。 「洞窟で考えてくる」 「鄭欣?」 「洞窟で考えをまとめてみる」 「鄭欣!」 「洞窟でコウモリと話す実験しながらじっくり考えてみる。明日また話そう」 「鄭欣ー!!」 「鄭() ———————— ん!! 」
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