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【 6 】
「いよいよ最終段階に入ったな。ついに姫からのお召しだ」
昼天の頃になったら宿営に伺いましょう、との約束を持ち帰る使者の背を見送った鄭欣の顔に、思い通りだ、と笑い出しそうな色が浮かぶ。
「女性なら絶対に引っかかると確信していたよ。間近に迫った婚礼。幾つもの髪型。異国の髪結い。ここに我々がいるという噂は先にここを通過した他の部族から耳に入るはずだから、そうなれば女として、中原式の美容術に興味を惹かれないはずがない。
長い旅だったが、後は僕がお姫様を捉影しに行ってくるだけだ ─── 君は後でゆっくり蘭の葉に写った姫の姿を見て、添い遂げるかどうかを決めろ。 相手は大物ぶってこっちを呼びつけた気になっているかもしれないけどね、作戦は我々の勝ちだよ」
異郷からの引き上げに備え、二人がかりで寝ぐらに散らかる雑多な品を次々と片付けていく。鄭欣はてきぱきと、寛承君は時折り遠くの羊を気にしながらのろのろと動いた。
「なんという大きさの群れだ……まるで羊の海だな」
寛承君は眼前の光景に度肝を抜かれた体で、時々片付けの手を止めては遠方を移動する遊牧民の威容に驚嘆し続けている。
「おいおい、あれを詩に詠み込もうとしたりして時間を喰わないでくれよ。あんなものは、単に数量の問題に過ぎない。大きな数が書かれた竹簡を見ても特に驚かないだろ? それと同じだ」
言ってのける鄭欣が洗い終えて重ねていく安漆器が、遠くの羊が起こす振動の影響を受けてカタカタと鳴っている。
「書かれた数字は急に走り出さないし、動く時に地面を揺らさない」
寛承君の冗談に笑みはなかった。
「気をつけて行けよ、鄭欣。俺たちの常識とは違う中でやる仕事だ」
寛承君は鄭欣の肩を強く握った。
「問題ない」
「気を付けろ」
「いいから君は早く長城の内側に帰れ。僕も捉影を済ませ次第に馬車ですぐ追いつくから」
馭者台に身を落ち着けて、問題ない! ともう一度繰り返す鄭欣の笑顔が、草原に佇む友人の表情をようやく少しだけ緩めた。
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