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貸衣装屋で上等なスーツを借りて、オンラインで購入した青い酒を持って個展に参加した。
「あら、本当に来てくれたのね」
綺麗なドレスを着て着飾った葵が忍を出迎えた。
「個展、おめでとうございます…」
多少は気落ちした声と一緒に、丁寧に包装された青い酒を渡した。
「…葵さん、既婚だったんですね」
「ああ…HP見たのね」
「はい…指輪していないから…」
「独身だと思ったの?」
「はい…」
「絵を描く時、道具を洗う時、指輪って邪魔だから、普段は着けないのよ…今は着けているけどね」
葵はそう言って、左手を見せた。薬指には、煌めく青い石が見事な装飾を施されて指輪になっていた。
「サファイア…」
「違うわよ。ブルーダイアモンド、5カラット」
途端、忍は目を丸くした。
「5カラットのブルーダイアモンドって、値段は…旦那さんって、何している人なんですか?」
「貿易会社の社長。彼の会社ロビーに飾る絵を頼まれたのが知り合ったきっかけ。無駄に稼いでいる人だから…」
「ぞんざいな紹介するなよ、葵」
予想だにしなかった方向から声をかけられて、声のした方向を向くと、上品なスーツを着た男性がそこにいた。
「あなた…」
「おれは君の絵の才能を認めて、君の才能が潰れないように使用人を雇って家事を一切させず、アトリエも個展も手配しているんだ、認めてくれよ」
「そうね…忍君、夫の司。あなた、画材屋の忍君」
「ああ、君か。隙を見て、妻に告白した店員というのは」
忍は当然のように縮こまったのだが、司も葵も、ただ笑うだけだった。
「今日は初日で招待客のみだから、君もゆっくり見て行ってくれ」
「はい…有難うございます」
「あなた、忍君からこれを頂いたわ」
葵は、忍から贈られた酒を司に渡した。
「へえ…センスいいじゃないか。有難う、忍君」
「と、とんでもありません」
「来なさい、葵。取引先の方に挨拶をしないと」
「そうね。忍君、ゆっくり見て行ってね」
「有難うございます…」
2人が会場の奥、壇上に行くと、必然的に一人になった忍は、招待客が群がっているコーナーに惹きつけられた。
そこは、真っ青な群青の絵の具だけでおびただしい数の人の死体が描かれているコーナーで…どの絵にも、無残に殺害された遺体が描かれていた。
「……」
おぞましいはずなのに、目を背けたくなるはずなのに、忍は、どの絵からも目が離せなかった。絵には力がある。絵には魔力がある。ぞっとするような内容の絵に、文字通り心を奪われた。忍は、絵に囲まれて硬直していた。
「…忍君?」
挨拶も終わった葵が背後から声をかけると、忍はまるで電気でも流されたかのように全身をびくっとさせてから振り返った。
「あ、葵さん…」
「気に入ってくれた?」
「は、はい…凄い絵ですね。迫真に迫っているというか…」
途端、葵は蠱惑的に笑って忍の顔を覗き込んだ。
「見たい?」
「え?」
「私の絵が描く時に使っているアトリエ、見てみたい?」
「は、はい、勿論!」
「可愛い子ね…次の土曜日に来て」
葵は背伸びをして、忍の耳元で囁いた。
「絶対、誰にも言っちゃ駄目よ」
葵は、手に持っていたポーチから取り出した葵の名刺を渡して、招待客と話す夫の元へ行った。
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