4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
1.ペット火葬とは
1.ペット火葬とは
「社長! どうしてこの仕事をしようと思ったのですか?」
「どうして?」
「ペット火葬なんて珍しいと思って」
「それで、アルバイトに応募してきたの?」
「まあ、なかなか経験できないかなと」
「それだけ?」
「いや日当もよかったし」
「ふーん」
助手席に座っていたアルバイトの林は、大学生らしいが、今日が初日なのに、全く物怖じしないで質問してきた。
「30歳までサラリーマンだったのだけど、会社が傾いてね……早期退職さ。方々に履歴書送っても面接までいかなくて。履歴書がなくなってコンビニに行って、たまたま新聞の見出しを見たのさ」
「何の記事? もしかしてそれがペット火葬ですか?」
「当たり! ペットの高齢化で移動火葬車が普及してきたという記事さ」
「それで、今の仕事?」
「まさか! そんな簡単じゃないよ。独立はできても仕事があるかわからないだろ。退職金と預金はあったが、負債を抱えたら大変だ」
「じゃ、いろいろ調べたのですか?」
「そりゃそうさ、役所に届けて合同火葬するとペットの遺骨を引き取ることができないから、移動火葬車を利用し、自宅でペットの遺骨を引き取る人が増えてきた」
「なるほど」
「でも、移動火葬車といっても問題がたくさんあるのがわかってね」
「問題ですか?」
「例えばね。
無臭・無煙対策が不十分だったり、排煙の環境汚染対策が基準を超えていたり、燃焼室の耐用年数が短かくて数年で膨大な改修費がかかったり、燃料費が大きかったり、何より火葬時の近隣住民対策が重要なのさ」
「大変ですね! それでも社長が独立を決心したのは何ですか?」
「開業する前に実際に移動火葬車で実習をさせてほしいと頼んだのさ。百聞は一見に如かず。なにより、お客様から感謝される仕事なのか? 自宅の前で火葬して本当に近隣から苦情がないのか? 本当に煙突から煙や臭いがでないのかとね」
「なるほど。勉強になります」林はそう言ったが内心面倒だと思ったようだ。声のトーンが下がってきた。
「まさか、君も将来ペット火葬の仕事をしてみたくなった?」
私は冗談で言ってみた。
「いや、ぜんぜん!」
林は口を尖らして両手で否定した。
「いずれにせよ、君には貴重な体験になるだろうな」
私は運転しながら言った。
林は頷いた。
「肝心な事を言っていなかった。林君には、私が、ご遺族と対応している時や、火葬車のバーナーの調整をしている時に、近隣の方や、通行人が不審な言葉を投げかけてきたら、応対してほしいのだ。私は同時に二つの事ができないからね」
「え! そんな難しい事?」
林は飛び上がるほどびっくりした。
「いや、近隣の方や通行人が何をしているの? と質問してきたら、ペット火葬のリーフレット(1枚のペット火葬の概要を図解したもの)を渡してもらうだけでいい。説明は私がする。今まで、何をしていると言ってきた人はいなかった。あくまで、万が一のためだ。ペット火葬が無事終了しても、ご遺族が周囲の方と気まずい関係になってしまっては、葬儀は失敗だからね」
「なるほど……でも、本当に通行人から質問されたことないのですか?」
「ああ、安心しろ。今までなかった。その時は私が対応する」
最初のコメントを投稿しよう!