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「彼女を守ってあげなくては」その日から僕はそう思った。
少なくとも、あの時、主任は僕の登場に怯えたのだから、僕さえ傍にいれば彼女につきまとうことはないだろう。
自分が男に生まれついたことに、初めて意味があったような気がした。
彼女は派遣社員だから、いつも定時ぴったりに退社していた。退社時刻に合わせて、僕は休憩に入り、会社の玄関で彼女を待つことにした。そして、ハンドバッグをさげた彼女が出てくると、一緒に駅まで歩いた。
会社の最寄り駅の改札まで送ると、会社まで走って戻って残業を続けた。大変だったけど、すごくやりがいがあった。商店街を走り抜けながら、大切な人を守りきれた自分に満足していた。
数日後、いつもと同じように会社の玄関で彼女を待っていると、彼女がほかの人をともなって現れた。彼女の上司で、契約社員を取りまとめている女性社員と、このビルの警備員だ。
四十代の痩せた女性社員は、眉をひそめて僕に言った。
「あなた研究室の方ですよね。これ以上斉藤さんにつきまとうのやめてもらえませんか」
寝耳に水だ。僕は言葉も出なかった。
斉藤さん――こんな場面で初めて名前を知るなんて。
僕は驚愕のあまり、ただパクパク口を動かして彼女をみつめることしかできない。
斉藤さんは怯えた顔で、警備員の後ろに隠れた。
「ぼ、僕は、あの、彼女が心配だったので……」
しどろもどろになってそれだけ言った。
女性社員は子供を諭すような穏やかな口調で、しかしきっぱりと言った。
「ええ、でも、彼女に『送って』って頼まれたわけじゃないんですよね。会う約束をしてるわけでもないんですよね。ご自身の行動を客観的に考えてみてください。すごく一方的につきまとってるの、わかりませんか?」
「つきまとうって……そういうとなんだかすごく……僕が悪者みたいじゃないですか」
女性社員はあきれたように、大きなため息をついた。
「あなたは、斉藤さんが喜ぶと思ってやってたんですか?」
「え……それは、どういう……」
喜ぶ、とかじゃない。ただの使命感だった。
彼女の泣き顔をこれ以上見たくないから。僕なんかが、かっこいいヒーローになれるわけはないけれど、せめて彼女を悲しませるものから守ってあげたかった。
「やめましょうね。本人は嫌がってるんですから。こういうの、うちの社の信用問題になるんですよ」
冷たく言い渡された。
斉藤さんは、警備員と女性社員の隙間から覗くようにして、このやりとりの一部始終を見ていた。その顔は青ざめてひきつっていた。その表情を見たとたん、僕の行動がこんなにも彼女を追い詰めていたという事実に気が付いた。
体の中を衝撃が駆け抜けた。
僕は一体、なにをやっていたんだろう
社内に戻り、トイレの個室に飛び込んだ。髪をかきむしり、唸り声をあげて泣いた。
ダメな奴。空気の読めない痛い奴!
いつまでたっても、僕はさげすまれる存在だ。こんなことじゃ、神様にもすくいようがない。
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