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そういえば君に、大事なことを伝え忘れていたみたいだ。
じつは、僕たちは会ったことがある。だから僕は君の写真を見てあんなに心を動かされたんだ。
会社を首になった日、僕はふらふらと歩道橋の上に立っていた。下は三車線の国道だ。絶え間なく車が流れている。
僕は立ち止まり、歩道橋の柵に両手を置く。足の下をトラックが走り抜けていく。
ここから落ちたら死ねる。
アスファルトに頭を打って気を失い、そのあと車に轢かれてめちゃくちゃになってしまうだろう。
一瞬でただの肉塊になれる。失望も、劣等感も何も感じない、平和で生ぬるい血と肉のかたまりだ。
ふと涙がこみあげてきた。
どうして僕と斉藤さんは、世の中のカップルみたいに幸せになれなかったんだろう。
どうしてこんな恥をかいて、劣等感に悩むために生きていかなければならないのだろう。
どうして、僕は誰かとわかりあえないのだろう。
僕なんて生まれてこなければよかった。
柵の上に腕を置いて、顔を伏せた。
熱い息を吐き、涙とよだれを袖で拭きながら、しゃくりあげた。
「どうしたのー」
可愛い声がしたのはそのときだ。
君は数人の友達と一緒にいた。遠巻きに僕を見ている友人のグループから、僕のほうへ君は二歩、三歩と近づいてくる。
「泣いてるの? 大丈夫?」
僕はあわてて顔をぬぐって、顔をあげた。
その情けない姿を見ても、君は笑わなかった。
「だ、大丈夫です」
鼻声で答えると、君はぱっと笑顔になった。
「大丈夫だってー」
くるりと踵をかえして、友達のところへ走っていった。
君の一瞬の笑顔を、僕は胸に焼き付けた。いや、焼き付いてしまった。
生きていける。
そう思った。
いや、生きなければ。
僕みたいな人間を気にかけて、優しい声をかけてくれる人もいるのだから。
世の中には残酷な人も多いけれど、君のような純粋できれいな心の持ち主もいる。
そういう人が悲しまないように、僕は世間と戦い続けるんだ。
2020.6.2 11:50 既読
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