ひとりぼっちのヒーロー

6/7
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 そういえば君に、大事なことを伝え忘れていたみたいだ。  じつは、僕たちは会ったことがある。だから僕は君の写真を見てあんなに心を動かされたんだ。  会社を首になった日、僕はふらふらと歩道橋の上に立っていた。下は三車線の国道だ。絶え間なく車が流れている。  僕は立ち止まり、歩道橋の柵に両手を置く。足の下をトラックが走り抜けていく。  ここから落ちたら死ねる。  アスファルトに頭を打って気を失い、そのあと車に轢かれてめちゃくちゃになってしまうだろう。  一瞬でただの肉塊になれる。失望も、劣等感も何も感じない、平和で生ぬるい血と肉のかたまりだ。  ふと涙がこみあげてきた。  どうして僕と斉藤さんは、世の中のカップルみたいに幸せになれなかったんだろう。  どうしてこんな恥をかいて、劣等感に悩むために生きていかなければならないのだろう。  どうして、僕は誰かとわかりあえないのだろう。  僕なんて生まれてこなければよかった。  柵の上に腕を置いて、顔を伏せた。  熱い息を吐き、涙とよだれを袖で拭きながら、しゃくりあげた。 「どうしたのー」  可愛い声がしたのはそのときだ。  君は数人の友達と一緒にいた。遠巻きに僕を見ている友人のグループから、僕のほうへ君は二歩、三歩と近づいてくる。 「泣いてるの? 大丈夫?」  僕はあわてて顔をぬぐって、顔をあげた。  その情けない姿を見ても、君は笑わなかった。 「だ、大丈夫です」  鼻声で答えると、君はぱっと笑顔になった。 「大丈夫だってー」  くるりと踵をかえして、友達のところへ走っていった。  君の一瞬の笑顔を、僕は胸に焼き付けた。いや、焼き付いてしまった。  生きていける。  そう思った。  いや、生きなければ。  僕みたいな人間を気にかけて、優しい声をかけてくれる人もいるのだから。  世の中には残酷な人も多いけれど、君のような純粋できれいな心の持ち主もいる。  そういう人が悲しまないように、僕は世間と戦い続けるんだ。 2020.6.2 11:50 既読
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!