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「なぁ。正直、どう思う?」
トイレの前でその話を聞いたのは、前田がカードがなくなったことを打ち明けた三日後だった。
『バケサブ』仲間の二人が、男子トイレで用を足しながら話している。僕はそれをトイレの外で聞いた。
「正直って、何? 盗まれたんじゃないかってこと?」
「そうそう、前田の奴も『絶対盗まれた』って怒り心頭だったし。財布からいつの間にか消えてたって」
「えー、それって俺たちの中の誰かが盗ったって意味でしょ? 勘弁して。確かにプリカは羨ましかったけどさぁ」
「……てかさ、あいつ怪しくね?」
友達は、僕の名前を挙げた。
「あいつもさぁ、玉藻の前相当好きじゃん」
「あー、確かに使用頻度見りゃわかるわ」
「顔に出してないけど、自慢されたとき実は内心めっちゃキレてそうじゃない?」
「あー、わかるわかる。笑ってたけどさ。あいつ、目の奥全然笑ってないんだよね」
「ワロタ。じゃあ決まりでよくね?」
「あいつが盗んだってことで」
僕は、しばらく動けなかった。
僕は盗んでない。確かに羨ましかったけど、盗んでまで欲しいとは思わない。前田に遠慮して応募しなかった時点でお察しだろう。
『目の奥全然笑ってないんだよね』
まるで自覚がなかった。心の底で笑っていなかったのが何でバレたのだろうという緊張感に襲われ、眩暈すら覚えた。
友達二人の言う『僕が犯人説』は前田の耳にも伝わり、それは僕の知らないうちに瞬く間にLINEグループにも拡散された。お風呂に入っていたとか夜ご飯を食べていたとか、スマホを開かなかった僅かな隙に。
僕は一晩で『泥棒』になった。
返却と謝罪を要求された。だけど無いものは返せないし、犯人じゃないのだから謝罪もできない。
盗っていないことを言い張ると一旦は理解してくれ、「疑って悪かった」という空気にはなる。
だけど、一度『泥棒』と貼られたレッテルは、容易に消えるものではない。『泥棒』というより『泥棒www』というノリなのかもしれない。
『なんか、あいつならやりそう』
『なんか、あいつならやってても驚かない』
『なんか、あいつ目の奥笑ってないし』
なんか。なんか。なんか──。
そんななんとなくのノリで、僕は泥棒に仕立て上げられた。
一番の問題は、「そんなことない」と擁護してくれる人が誰もいなかったことかもしれない。
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