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『泥棒疑惑』がLINE上で一旦収束し、翌朝学校に向かう。
友達たちは案外普通で、挨拶しても無視されることもなかったし、相変わらず『バケサブ』の話もする(グループLINEではギスギスしていたけど、いつも通りに『バケサブ』のマルチプレイに興じることはできた)。
だけど、それも上辺だけだった。
その日を境に、教科書や資料集、美術の授業で使う絵具などが隠されるようになった。
おかしいと思ったが、僕はそれを誰にも相談しなかった。誰かに隠されたのではなく、自分でなくした、あるいは忘れた。そういうことにした。
そもそも、僕がこんな目に遭っているのは僕が泥棒だからということではない。泥棒と疑わしき存在として浮き彫りになったところを、ターゲッティングされて狩られているようなものだろう。
だからあんまり被害者面をすると、泥棒のレッテルをほじくり返されて「因果応報でしょ?」とか言われ兼ねない。
知らないふりをするしかない。僕は被害者でも加害者でもない。静かに、普通に生きている。そう演じなければならなかった。
目立たないように、いい子であるように。
結論から言うと、プリペイドカード紛失事件は前田の勘違いで秘密裡に収束していた。
「……なぁ、ぶっちゃけていい?」
ある放課後、前田が別の『バケサブ』仲間の一人に打ち明けていた。二人とも手にはスマホを持っている。
「実はさ、あのプリカ、家にあってさ」
「は? 見つかったの? 盗まれたんじゃないじゃん。ウケる」
「見つかったっつーか……財布に入れてたらなくすと思って、自分の部屋の机の引き出しにしまってたの、すっかり忘れてたっつーか……」
「はあ? ウケる」
友達が腹を抱えて大笑いした。
「話がでっかくなっちゃったからさ、まだなくしてるってことにしといていい? あいつには悪いけど」
「いいんじゃない? てか皆そのうち忘れるでしょ。あいつには悪いけど」
僕はその話を、教室のドア越しに廊下で聞いた。またも身動きが取れない。トイレの時と同じだ。
友達の言う通り、あの騒動はやがて皆から忘れ去られた。
残ったものは、僕に貼られた『泥棒www』のレッテル、『目の奥が笑っていない』という言葉が一人歩きしたことによる僕のことを「本当にやべー奴」だとか「気持ち悪い化け物」だとかでも見るような空気。そして僕だけが抱える、モヤモヤとした澱がうねって這いずるような感覚だった。
それでも僕はニコニコしていた。相変わらず仲間と『バケサブ』にも興じた。
グループLINEで僕のメッセージにだけレスがつかなくても。小さなちょっかいが殴る蹴るの暴力に発展しても。
こんなの、ただの弄りでしょ? 大した問題じゃない。そう自分に言い聞かせ続けた。
吐きそうだった。だけど吐かない。
目の奥が笑っていない? だったらそれを僕の個性として、皆が笑えばいい。
騒ぎは起こしたくない。
目立たないように、いい子であるように。
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