鋏。

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 こうなってしまえば、やることは一つだった。殺すための道具を探すこと。  僕は図書館を出て、駅ビルへと向かった。その駅ビルはちょうど友達と一緒に『バケサブ』のマルチをやろうと呼び出されていた場所なので、ちょうどいい。  僕は駅ビル内にあるホームセンターで裁断ばさみを買った。  普段は行くことのない裁縫コーナーもすぐに見つかったし、頭も冴えていた。なんてスムーズなんだ。  ──包丁を買うと怪しまれるし、これでいいかな。  少年Aは「いいんじゃないか?」と答えた。  呼び出されたのは、六階のレストラン街にあるベンチだ。そこで集まってマルチプレイをすることが多い。僕がいつも図書館に行っていたのは、友達と時間を合わせるためだ。  今日は月一限定の特別クエストがある。スコア次第でたくさんのアイテムも手に入る。楽しみだ。殺るのはクエストの後がいい。  二階で買い物を済ませた僕はその足で同じフロアのトイレに行き、裁断ばさみの包装を解いた。カバンに剥き出しで忍ばせる。  トイレから出てエスカレーターに乗り、六階を目指す。夕飯時にはまだ早く、客足はまばらだった。  スマホで『バケサブ』のアプリを開き、同時にグループLINEをチェックする。相変わらずくだらない話をしている。既読無視は御法度なので、「ウケる」とか「わかる」とか適当な相づちを打つ。いつも通りを演じていれば油断させることはできる。  四階に差し掛かると、前方に母子連れがいるのに気付いた。  母親は若い身なりをしていて、子供は四、五歳ぐらいの女の子。母親が前でスマホを弄りながらエスカレーターに乗り、その後ろに女の子が続いている。  女の子はサコッシュを身に着け、エスカレーターにふざけて乗っていた。手摺りに掴まって体を反らしたり、片足で立ってバランスをとったり。何か歌まで歌ってジャンプしている。  落ちるぞあれは、と思って見ていたが、母親はそんな娘のことなど露知らず、スマホに夢中だ。  女の子が手摺りに寄り掛かったその時だった。 「あ」  サコッシュの紐が手摺りに巻き込まれたのに気付き、思わず声をあげた。  キュルキュルと音をたて、手摺りのベルトはどんどんとサコッシュの紐を飲み込んでいく。  紐の長さが短くなり、女の子の首元まで迫る。  やがて、その紐は女の子の首を絞めた。  最初女の子は「ぐえー」とか「おえー」とかおどけていたけど、キリキリと首が絞まっていくと、女の子の表情は固まっていった。 「ぅ……あ……」  やがて小さく呻き始めた女の子。それでも母親は気付きもしない。  周りに、人はいない。いたとしても、スマホを見ていたりするので女の子の窮状には気付かない。  気付いたのは、僕だけだった。
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