鋏。

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「おいおい、何で余計なことしてんだよ」  少年Aが僕の後ろに続き、嘲笑う。 「人殺そうとしてるはさみで人の命救うとか、皮肉にもほどがあるだろ」  ──そうかな。 「お前の人生に関係ない奴じゃん。こんなとこで無駄骨折ってどうすんだよ。バカだろ、お前」  ──別に、バカじゃない。当たり前のことしただけだろ。  LINEが立て続けに鳴る。見ると、「早よ!早よ!」と煽りのメッセージがやたらと届いていた。  早くマルチクエストに入らなければならない。あんなトラブルに巻き込まれた後だから、とても慌ただしい。  仕方ない。合流前だけど、クエストに入る準備だけはしておくか。  自分一押しのキャラをデッキに組む。大好きな玉藻の前をそのデッキの一番手に選んだ、その瞬間だった。  ──……。  突如として、倦怠感が襲った。  どす黒い虚しさがじわじわと広がり、指が動かせなくなった。  僕は、一体何をしているんだろう。  眩暈までにも襲われるような気だるさの中で。  僕は、クエストから退場した。  もう、やめよう──。  そう心に決めるのと同時に、今度は指が恐ろしいほどにスムーズに動いた。  もう辞めよう。 『少年Aさんが連合軍を脱会しました』  もう辞めよう。 『少年Aさんがログアウトしました』  もう辞めよう。 『アカウント名:少年Aさんは本アプリ【バケモノ・サブジェクト】を退会しようとしています。退会すると全データが消去されます。本当に退会しますか?』  もう辞めよう。 『退会しました』 『本アプリがアンインストールされました』  グループLINEには、変わらず怒りと煽りのメッセージ。  もう辞めよう。  僕はグループすらも抜け、このスマホに奴等のメッセージが二度と届かないようにした。  僕はあのはさみで、しがらみまでも断ち切ったのだ。  少年A。それが僕のアカウント名だった。  黒い服を着たアバターの、バケモノマスター。  スマホを開くと現れていた、もう一人の僕。  とりあえず別の所へ移動しようと、僕はエレベーターで下まで下りた。  買い物客で賑わう雑踏の中、振り返ると彼の姿はすっかり消えていた。 【end】
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