2人が本棚に入れています
本棚に追加
Page.6
「では続けていきますね」
幸いにして、麻酔はよく効いてるみたいで、痛みはない。
けど、歯の下の方を金属でガリガリ音を立てながら触られる感覚は、お世辞にも良いとは言えない。
はっきり言おう。
すげぇイヤだ。
しかも、何されてんのかわからなくて怖いし。じゃあ鏡で見てていいって言われても、見たら更に怖いから見たくない。
ひたすら目を閉じて、そっちに意識を集中しないように務める。でも、周囲のイヤな雑音と匂いも相俟って頭の中が大変なことになってる。
こういう時に九九かな。ほら、脳はシングルタスクだから、何かやってると他のこと考えられないって聞いたことあるし。
…って、もう二の段の段階で恐怖心が上回って、2×7がわからん。無理だ。9×9まで辿り着けねぇ。
口の中に血の味がして来た。
こんなのホラーじゃねぇか。
時々吸ってくれるけど、一回味を感じた舌は、血の味を忘れてくれない。
今どんなことになってんだよ。気になるけど見たくない。
反省しよう。今日からちゃんと歯間ブラシ使おう。そういや、龍樹は糸ようじ使ってやがったな。あいつ自分だけ治療から逃れやがって。
…あいつの心がけがいいだけだな。やっぱ反省しよう。
でも禁煙は無理だ。
タカミも仲間かな。今度聞いてみよう。タカミが仲間じゃなかったら、すげぇ腹立つな。
器具が何かにガツッと引っかかった音がする。何だ。何なんだ。怖いぞ。骨か? 骨じゃないよな?
いやわからん。何せ見えないし見たくないし。
お姉さんはちょっとずつ、その引っかかりを器具で引っ掻いてる。そこ、長いな。何が起きてんだ。
暫くすると、引っかかってる感じが消えて、器具がするする滑ってるのが何となくわかる。
そこからまた、元のペースで進んで行く。たまに小さく引っかかるけど、すぐに解消されてく。
「あと少しですよー」
優しい…。子どもに言うみたいな感じに聞こえたけど。今はその優しさが染みる。
九九をすっかり諦めて、小学1年レベルまで学力が低下してる俺は、ただただ数字をカウントする。何とかして自分の気を逸らしたい。
30越えた辺りで、数字が増えるのが辛くなってきた。
よし、こうなったらギターのコードのおさらいだ。何つっても、俺はミュージシャンだ。ちょっと忘れてたけど。えーっと、Cから行くか。
Fまで来た時、器具が金属トレーに置かれた音がした。
「はい、洗いますね」
終わりか! 終わったのか!?
最初と同じ機械で、洗い流される。血の味がなくなってすっきりした。
「あと消毒しますね」
消毒薬の味はやっぱり不味いけど、これで解放されると思うと何とかなる。
「お疲れ様でした。ゆすいで下さい」
背中を起こされ、速攻で紙コップを取って口をゆすぐ。
最初のコメントを投稿しよう!