帰り道

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 夜も更けていくというのに、彼の職場の人間がやってきた。  当然と言えば当然だろう。  そして母も戻ってきた。  これから色々と確認や事情を聞かなければならない。    救いだったのは、その態度が誠実だったことと、引き受けてくれるお寺が見つかったことだった。  誠実な若者の他に、弟を発見してくれた人とも話すことができた。  その人は自分にとって不利になりかねないことまで話してくれた。  初めて会ったのに、私のことを「どこかで見かけたことがあるんですよね」と。    発見し、連絡、救急や警察への連絡の時間まで詳細に教えてくれた。  「不思議だったんですよ。その日、たまたまいつもより早く家を出ましてね。ラジオを付けたら『自殺〜』の問題の話題で。そうしたら。それで二人一組で探すことになって。ある方面を探せと命令されていたんだけど、どうしても気になる所があって。運転手に無理言ってそこに行ったんですよ。そこで・・・」  「呼ばれた・・・ような気がしました」  不思議な縁だと、思った。  直接的な関わりはなかったというのに、なぜか私のことを見かけたことがある、その上今日に限っていつもとは違う時間に出勤したことで、普段は聴かないラジオを耳にし、妙な勘が働いて動いたことで発見に至ったこと。  たまたま、波長というものが合ったのだろうか?       職場は体裁を繕って、大層ご立派な葬儀の準備をし始めた。    弟と最後に話したという青年とも出会った。  「ヒデさんとあの日、お互い夜勤で、駐屯地が違うけれど連絡を取り合ってバカ話をしたりしてたんですよ。ヒデさんにはスキーの大会で助けられたり、 うぅ、すみません!」  彼は泣いていた。  憔悴しきっていた。  彼のお陰で弟が「最後の勤務」では笑っていたこと、そして弟がスキーではかなり指導力があったことを知ることができた。  こんな慌ただしい時に数珠を持参し、ものすごく丁寧に拝んでいた背中を思い出す・・・。    今のお葬式では始まる前に、故人が好きだった曲を流したりするそうだ。  準備をしている様子を見に行ったら、ロックが聞こえてきて私は一瞬、「なんて不謹慎なんだ!」と頭に血が昇りかけたが、慌ててそう説明された。  弟が好きだった、エアロスミスのアルバムが流れていた。  あぁ私も弟の車に乗った時エアロスミスを知って、ファンになったんだっけ。  弟の制服が、飾られていた。  私は初めてそれを見た。思わず、手で触ってみた。  「君の制服姿を、見たことなかったな・・・」  またすぐに目が潤む。  でもどこかで  「これもカタチかよ」と毒づいている自分がいた。  葬儀では曹洞宗の住職様がシンバルを鳴らしたり、歌のような般若心経に驚いてしまった。でもお経をずっと聴いていたいとも思った。その(おん)の響きが心に沁みこんでいく。  弟の上司とやらが「織田信長のような生き様」とかよくわからない弔辞を読み上げていたが、心がないことだけはよくわかった。  回れ右!と勢いよく踵を返すその姿にも、自分の立場しか考えていないと感じ舌打ちしたくなった。
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