リフレクション

5/10
前へ
/10ページ
次へ
* 体調のいい日は浜辺を散歩する。 日中は暑く、陽射しが強いので、大抵は夕方の薄暗い時間帯だ。 歩くたびに砂浜がさくさくとこぎみのいい音をたてる。 世間は夏休みで高校最後の夏休みとなれば、遊びに勉強にと忙しくしていることだろう。 だが、私はたった一人で浜辺を歩いている。 病室で毎日同じ景色を見ることに飽きたから、ただ理由もなく歩き続ける。 夕暮れの空は薄墨と橙を混ぜ合わせたような色をしている。 卵の黄身のような太陽は昼間の暑さをのみ込んで、地平線に沈んでいこうとしていた。 浜辺はさざ波と風の音に包まれて、世界には私だけしかいないように思えた。 まるで世界から私だけが切り離されて、存在していないような感覚をおぼえる。 深呼吸をして潮風の香りを胸いっぱいに吸い込んで、吐き出す。 ふーっと息を吐きだし切ったところで、『まだ生きているんだな』と実感した。 私はぼーっとしながら沈んでいく夕日を見つめていると、突然にパシャと光の弾けるような音がした。 音がした方向を見ると、そこには一人の青年が立っていた。 値段の高そうなカメラを首からかけていて、黒髪の短髪はパーマがかかっている。 歳は二十代前半くらいに見えた。 青年は屈託のない笑顔で言った。 「夕日、奇麗ですね。ここにはよく来るんですか?」 「ええ……」 私はそっけなく返事する。 「俺、ここよく来るんですよ。人が少ない穴場スポットみたいで落ち着くつーか……あ、写真見ます?」 青年があまりにも眩しい笑顔でそう言うので、断るのが申し訳なくなって、写真を見せてもらうことにした。 朝焼けや、昼間、夕焼け、様々な時間帯の海辺の写真。 どれも違う日の同じ時間帯の写真なのに、一枚として同じものがない。 毎日の空の色はひとつひとつ違って見えた。 「人物の写真は撮らないんですね」 「あーそうなんだよ。なんか苦手でさ、風景を撮る方が好きなんだ」 青年は頭を掻きながら言った。 「あのー君さえ良ければの話なんだけど、連絡先交換しない? ここで会えたのも何かの縁だし」 結局、それが目的か。 男なんてそんなものだろう。 海辺でイケメンに出会うなんて少女漫画みたいだなあって思った、数分前の自分を殴りたい。 「そういうの結構です。私、死ぬかもしれないし……」 「え……し、死ぬ?」 青年は私の言葉にぎょっとして固まっている。 少ししてからがっかりと肩を落とした。 「そっか……」 これで潔く諦めてくれるだろうか。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加