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体調のいい日は浜辺を散歩する。
日中は暑く、陽射しが強いので、大抵は夕方の薄暗い時間帯だ。
歩くたびに砂浜がさくさくとこぎみのいい音をたてる。
世間は夏休みで高校最後の夏休みとなれば、遊びに勉強にと忙しくしていることだろう。
だが、私はたった一人で浜辺を歩いている。
病室で毎日同じ景色を見ることに飽きたから、ただ理由もなく歩き続ける。
夕暮れの空は薄墨と橙を混ぜ合わせたような色をしている。
卵の黄身のような太陽は昼間の暑さをのみ込んで、地平線に沈んでいこうとしていた。
浜辺はさざ波と風の音に包まれて、世界には私だけしかいないように思えた。
まるで世界から私だけが切り離されて、存在していないような感覚をおぼえる。
深呼吸をして潮風の香りを胸いっぱいに吸い込んで、吐き出す。
ふーっと息を吐きだし切ったところで、『まだ生きているんだな』と実感した。
私はぼーっとしながら沈んでいく夕日を見つめていると、突然にパシャと光の弾けるような音がした。
音がした方向を見ると、そこには一人の青年が立っていた。
値段の高そうなカメラを首からかけていて、黒髪の短髪はパーマがかかっている。
歳は二十代前半くらいに見えた。
青年は屈託のない笑顔で言った。
「夕日、奇麗ですね。ここにはよく来るんですか?」
「ええ……」
私はそっけなく返事する。
「俺、ここよく来るんですよ。人が少ない穴場スポットみたいで落ち着くつーか……あ、写真見ます?」
青年があまりにも眩しい笑顔でそう言うので、断るのが申し訳なくなって、写真を見せてもらうことにした。
朝焼けや、昼間、夕焼け、様々な時間帯の海辺の写真。
どれも違う日の同じ時間帯の写真なのに、一枚として同じものがない。
毎日の空の色はひとつひとつ違って見えた。
「人物の写真は撮らないんですね」
「あーそうなんだよ。なんか苦手でさ、風景を撮る方が好きなんだ」
青年は頭を掻きながら言った。
「あのー君さえ良ければの話なんだけど、連絡先交換しない? ここで会えたのも何かの縁だし」
結局、それが目的か。
男なんてそんなものだろう。
海辺でイケメンに出会うなんて少女漫画みたいだなあって思った、数分前の自分を殴りたい。
「そういうの結構です。私、死ぬかもしれないし……」
「え……し、死ぬ?」
青年は私の言葉にぎょっとして固まっている。
少ししてからがっかりと肩を落とした。
「そっか……」
これで潔く諦めてくれるだろうか。
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