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「じゃあさ、俺と一緒に思い出つくろうよ! これで!」
底抜けに明るい声に私は面を食らう。
青年はカメラを持って、指差した。
「はぁ?」
「俺、林田祐介、よろしく。明日もここで待ってるからさ!」
林田さんはそう言うと、手を振って立ち去って行った。
「意味わかんない……」
私は一人ぼっちの浜辺でつぶやくのだった。
*
「げっ、今日もいる……」
浜辺を歩いている林田さんを見つけた私は顔を歪める。
彼の誘いを断り続けて丸2日。
私は病室の窓から林田さんの様子を伺っていた。
チャラチャラした男は元から苦手だったし、カメラを持ち歩いているなら、尚更、近寄りがたくなるのは当然だった。
今日の彼の背中には大きな荷物が背負われていた。
形からしてギターが入っているのだろう。
さっきから写真ばかり撮っているので、弾いているところを見ていないが。
楽器……音楽は好きだ。
チャラ男でも、楽器を弾くんだなと意外に思いながら、彼の奏でる音を想像していた。
林田さんはケースからギターを取り出して弾き始めた。
風の音や波の音でギターの音色は聴こえない。
演奏を聴きに行くだけ。
私は自分にいい聞かせて、浜辺へと向かった。
心地の良い弦を弾く、ぬくもりのある音がさざ波とハーモニーを奏でる。
林田さんは潮風に吹かれながら、気持ちよさそうに演奏していた。
しゃべらなければ絵になるようなイケメンだ。
私に気付いた林田さんは明るく笑った。
「あ! この前の……もう来ないかと思ったよ」
「来るつもりなかったですよ。チャラ男だし……」
「チャラ男……否定はしないけど」
林田さんは一瞬ショックを受けたそぶりを見せた後、また笑った。
よく笑う人だな。
私とは正反対だ。
きっと笑うことを忘れた人というのは私のような人のことを言うのだろう。
「何弾いてるんですか?」
私は林田さんの隣に腰を下ろした。
「んーとね、君へのラブソング?」
林田さんはおちゃらけたように言った。
「……」
私は無言で林田さんを睨みつける。
「ははっ、そんな怖い顔しないでよ! 冗談だって! 弾いてたのは……」
林田さんは再びギターを弾きだす。
魔法のように滑らかな手の動き、そこから奏でられる美しい音色にうっとりして聴き惚れていた。
聴いたことのない曲だが自然と心が穏やかになるような不思議な曲だった。
演奏し終わると私は自然と胸の前で拍手していた。
「ありがと」
林田さんは照れながらきざにウインクした。
私は我に返ってそっぽ向く。
「そうだ、名前教えてよ。まだ聞いてなかったからさ」
「……皆川璃子」
「璃子か~可愛い!」
「別に可愛くなんか……」
「そう照れんなって!」
ポンと頭の上に置かれた手にびくりと体を震わせる。
体の内側から外側へマッチの火が灯るように、体温が上がっていく。
「明日死ぬかもわからないんだろ? 俺と恋愛した方が絶対得だって!」
私はのせられていた手をどける。
「別にそういうのいいですから」
「素直じゃない!じゃ、写真撮ろ!」
「写真は嫌!」
私が大声で怒鳴ると林田さんは驚いたように目を見開いた。
林田さんはどうしたらいいか戸惑っているようだった。
私は慌てて謝る。
「ごめんなさい……」
「いや、璃子が謝ることじゃないよ。俺こそしつこくしてごめん」
「今日はもう帰ります……」
「うん。気をつけて」
私は病室に帰った後、一人で泣いた。
人との距離の取り方も上手くできない。
だから、世界から存在を消され、病気なんかになるんだ。
私は神様に嫌われてる。
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